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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 いつの間にか年が明けていた。様々な樹種の木片に彫り物をしていたら迎えていた新年だった。正月なのでスーパーの営業は変則的だし、食堂もあいていない。コンビニで適当に弁当を買ったりコーヒーだけで済ませているうちに過ぎる三が日の最終日、表に車が止まった。「明けましておめでとうございまーす」と明るい声が倉庫に響いた。四季と八束だった。
 倉庫に入って来た四季は「わ、寒い」と室温に文句を述べた。
「待ち切れなくて押しかけ。作業してる? あ、かわいいこれ」
 私が彫っていた椿だった。精巧さを諦めてデフォルメしたまるい形は、女性の髪留め辺りに加工すれば多少は売れるかな、という魂胆があった。
「あげるよ、それ」
「えー、いいの?」
「それだけだとただの飾りだからヘアゴムでも付けようかと思って」
「え、それよりもバッジにして。鞄につける」
「ああ。いいよ。貸して」
 ちょこちょこと細工していると、倉庫の入り口から動かなかった八束がようやく入室して来た。
「郵便受けパンパンだな」呆れる口調は、それでも責めるものではなかった。私は手を止めぬまま「そういえばクリスマスぐらいから見てないかも」と答える。
「出来た。好きな色かオイルを塗るといいよ」とバッジになった椿の彫り物を四季に渡す。
「普通の絵具でいい?」
「アクリル絵具がいい。授業で使ってなかった?」
「レタリングの授業で使ったかも。アクリルガッシュ?」
「お、いいね」
「でもこのままでもすごくかわいいなあー」
「このままだったらオリーブオイルを塗って乾かしてあげるといい」
 四季の言葉につられるように、八束が四季の手元を覗き込んだ。四季は八束にそれをかざし、「ヤツカくんも作ってもらいなよ」と作業机に散らばるモチーフを指した。
「……年末年始中これをやってたのか」
「まあ、こればっかりではないけど」
「依頼?」
「いや、手慰めみたいな。依頼はね、松の内明けてからって言われてるから」
「そう」
 八束と話しているうちに姿を消したと思っていた四季が、鍋を手に戻って来た。
「これ、お雑煮の汁。お餅と一緒にあっちに置いとくから、食べてね」
「どっか出かけるの?」
「えっちゃんと初詣に行く約束してるから」
 じゃね、と少女はいなくなった。八束は息をつき、「邪魔なら帰るけど」と言った。
「邪魔でなければ、掛けても?」
「……邪魔じゃない。向こう行こうか。ここは寒い」
「昼だけどなにか食べた?」
「コーヒーだけ」
「雑煮、準備するよ。お邪魔します」
 八束は私が寝起きしているスペースへと歩いて行った。ここに会社があった頃、給湯室兼事務所として使われていたスペースだ。言い口はぶっきらぼうだが機嫌が悪いわけじゃないことは分かる。
 私は作業をやめ、ツナギの上だけ脱いで腰元で結び、八束の元へ向かった。フライパンの中で餅がぷっくらと膨れていた。
「やっぱりコンロの口がひとつだけだとやりづらい」と文句を言われて私は微笑む。
「ストーブつけなよ。餅ぐらい焼けるよ」
「つけたよ。灯油が切れてる」
「あれ?」
「買い置きは?」
「あ、ないかもしれない」
「なにが『ここは寒い』だよ。どこも寒いじゃないか」
 焼けた餅を器に取って、雑煮の鍋を強火で温めた。そういうことしてると焦がしたりやけどすんだよ、と思ったが口にすると「きみが言うか」とでも責められそうなのでやめた。案の定「あちっ」と八束は漏らし、出て来た雑煮はちょっと煮詰まってこうばしかった。
「――ま、これはこれで」
「なんだよ」睨まれる。
「いや、正月らしいものをまともに食うから。とてもありがたいし嬉しいんだ」
 四季の作る雑煮はすまし汁の中に焼いた餅を入れる、この辺では当たり前のものだ。餅は買って来たパックの切り餅。八束も無言で雑煮をすすっていたが、その顔を眺めると、視線に気づいて目を合わせて来た。
 口角を少しあげて、うっすらと笑みを作る。八束は睨むようにこちらを見る。お互いにポーカーフェイス、カードの切り出しは八束の方からだった。ポケットから新しい軟膏のパッケージを取り出し、こちらに寄越す。
「なんでこんなの常備してるんだ」
「打ち身が案外多いから。鑿使っててハンマーの先を誤るとか。主にはおれじゃなくて学生用だけど」
「……四季から渡された分は使い切ってしまったから、これを。返すよ」
「治った?」
「綺麗に消えた。痛みもすぐ取れて。はじめて使ったけど効くんだな」
「ならよかった。あんまり無茶をすると四季ちゃんが困る。だから遊ぶのも、ほどほどに」
「なぜ遊びだと?」
「……観察結果」
 八束は顔をそっと背けた。
「……なんか、悪かった」
「なにが?」
「一方的な感情を押し付けた。なんていうか、あんまりうまくいってなくて。だからセノさんに八つ当たりみたいなことを」
「恋人?」
「……ちょっと遊ぶ程度のつもりだったんだ。はじめは。先月あたりで向こうがエスカレートして来て、喧嘩っぽく」
 八束は喋ったが、慎重だった。嘘も混ぜ込まれているな、と私は直感する。本物にすこしだけ嘘を混ぜ込めば、それらしく分かりにくい。八束は「ついお互いに手が出て」と言ったが、あれは殴られて出来る痣ではないことは分かりきっていた。
「――いまは連絡してない。このまま、終わるかも」
 ず、と音を立てて私は雑煮の汁を飲み干した。
「八束さん、今日の予定は?」と訊いた。
「あ、……僕はなにもない。これでお暇するよ」
「ああ、いいんだ。あのさ、おれらも行こうよ、初詣」
「……」
「それで酒でも買って、あ、灯油も買い足して、飲まないかな。その前に出かけるならおれは着替えて、待った、銭湯……やってんのかな。身体ぐらい拭きたいからお湯沸かして。……えーとちょっと準備に時間かかるな。待ってられる? 寒いけど」
 あれこれ算段を口にしていると、八束は吹き出した。
「着替え持ってうち来なよ。うちの風呂使えばいい。おれが車出すから」
「……大家さんは?」
「旅行に行ってる。社交ダンスサークルの皆さんで温泉旅行カニしゃぶ付きだそうだ」
「いいなあ。カニか」
「ワタリガニならうちの冷蔵庫にあった。鍋でもしよう。決まりだな。支度して行こう」
 八束は器を下げ、洗ってくれた。その間に私は着替えを選び出し、ツナギを脱いで作業靴を履き替えた。
「そういえばきみのスマホに電話したんだけどつながらなかった。バッテリー切れてるんだろう」
 そう言われてその存在をようやく認識した。八束は呆れて息をつく。
「充電器も持って来い」
 まるで一泊旅行かのような騒ぎになった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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