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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「人はひとりにならない方がいいんだって。だからきっとあの人は、あまりひとりになりたくない人なんだと思う」
 四季は「セノくんは違うの?」と訊いた。
「人の数だけ意見や主張がある。……おれの場合は、人は人といるからしんどい。だけど誰かといる必要性も分かる。ひとりはさ、せいせいして苦しい」
「……わかんない」
「……とにかく八束さんがどんなに本に熱中してても、夜中に飛び出してっても、ひとりにはしないで、おかえりって言ってあげて」
 四季は「大人なのに」と言った。
「大人だからわがまま言えなくなってるんだ」
「セノくんもそう?」
「おれはすごくわがままだからね」
「わがままだから、お正月は帰らないの?」
「まあうちの実家も変わってるし、帰って顔見せろとは言われない」
「あの倉庫にひとりでいるの?」
「うん」
「ヤツカくんは」
「ん?」
「……自分がひとりなのが嫌なんじゃなくて、セノくんが倉庫にひとりでいるのが嫌なんじゃないかな……」
「……」
「だからえっとさ。ヤツカくんは私とおじいちゃんで大晦日も年越し蕎麦食べるし紅白見るし、初詣行って初日の出見るし、おせちもお雑煮も食べるけど、セノくんはそうじゃないから……? セノくんがそれでいいならいいんだけど、ヤツカくんはよくなくて、……よくわかんなくなってきた」
「いいよ」
 私は前を見た。時間で大橋のライトアップが消灯された。
「三が日のどこかで南波家にお邪魔するから、またお雑煮でもご馳走してよ」
 そういうと四季はすこし黙り、やがて「ふふ」と笑った。
「分かった。待ってるね」
「戻ろうか。さすがにこれ以上は捕まる」
「全国ニュースにセノくんのイケてる髭面が」
「髭生やした中年が未成年を夜間に連れまわしてるってだけでもう怖いよな」
 車を発進させて来た道を戻る。南波家の前で四季を下ろす際、車の後部座席の下に突っ込んでいた道具箱を取り出した。中には救急キットも入れている。使いかけの塗り薬を取り出し、表示を確かめた。
「これ、八束さんに渡しといて」
「なに? 薬?」
「まあ、内出血とか打ち身とか、その辺に効くやつだから」
「どっか怪我してるの?」
 怪訝な顔をしている四季の向こうに南波家の二階の明かりが見えた。人影が動き、窓へ近づいて車を見下ろした。
 八束の冷えた視線に絡めとられた気がした。
「じゃあおやすみ。今日はごちそうさまでした」
 四季を下ろし、車を走らせる。川の脇の道を下り、ミナミ倉庫のガレージへ戻った。


 人を縛ったことがあるか。多くの人間はノーと答えるだろう。だが私はイエスと答える。
 まだ若かった。いまより人の心を知らなくて、積極で、興味ある物事にはなんでも手を出した。塑像で表現できないと思ったから木彫へ向いたし、木目では足りないと思ったから金属を目指した。動物を観察し、植物を採取し、鉱物をスケッチして、水の流動力学を学んだ。そしてその興味の中には当然、人体への尽きない探究心があった。
 自然な動作はなぜ生まれるのか知りたかった。骨格にどういう筋肉がついてどう動かせば生まれるフォルムかを突き詰めたかった。モデルは当時付きあっていた女性だった。彼女は根気強く、私に添い続けてくれた。
 動きを知りたかった私は、不自然な動きというものも試すべきだと考えた。あり得ないフォルム、ぎこちなさを知りたかった。恋人に無茶を言って私は彼女に縄をかけた。塑像の芯棒に用いていた園芸用のシュロ縄だった。傷つけないよう布を当てて緩くかけたつもりだったが、観察とデッサンが長時間に渡ったためか、鬱血した痕が肌に現れてしまった。
 痕は直後よりも一日〜二日後の方が強く出た。秋口であったため肌はかろうじて隠せたが、痣の観察を私は続けてしまった。おかげで出現から消失まで一部始終に詳しくなった。
 不自然さはやはりグロテスクを伴うものだと私が結論づけた頃、恋人は私に別れを告げた。私はあなたのミューズにはなれないと言う。いま思えば酷薄な行為だと思う。芸術の名の下に下種を連ねてよいわけがなかった。
 彼女の痣はきちんと消えたかどうか。それはいまでも私の脳裏に罪悪としてよぎる。
 だが、あの観察を反省とするから分かる。南波八束の腕にあった痣。あれは腕を縛られたからあったものだ。後ろ手に両肘の部分を重ねて束ね、細いもので二重に巻いて固定した。ビニール紐だと私は推察する。固結びにすれば自力では解けない。
 四季の話から、八束が夜中に出かけた日あたりではないだろうかと思う。なぜ縛られたか。そこまでは私には分からない。だがひとつ思い当たることがある。
 南波八束には恋人がいる。私のような興味本位で縛りつける恋人かどうかは分からない。だがあの若い日、恋人についた痣を見て同じだ、と直感したものだった。サディスティックな人間がマゾヒストに施す縄での緊縛。遊びであれ芸術への下心であれ犯罪であれ、ついた痣は同じだった。
 八束が望んで縛られているなら、遊びの範疇に納めてくれればそれでよい、と私は思う。だがそうではなかった全ての場合。
 私は猛烈に怒り、悲しみ、哀れみ、嘆く。
 不自然なものは歪み、淀む。堆積すればどこかで切れる。切れたら終わる場合が多い。
 それだけはあって欲しくない。カードを一枚切り、現れるのは一体なにか。
 手札を静かにかき集め、相手のカードを誘う。


 おまえはこんなことをしている場合ではない、と倉庫の隅に眠る材木にぶち殴られる夢を見る。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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