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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 車を停めて南波家を訪ねる。「手を洗ってこっちー」と台所から四季の声がした。居間には大家がおり、マッサージチェアに座ってラジオを聴いていた。私を見て「先日は不在で申し訳なかった」とにこにこと謝る。
「いえ、こちらこそまた図々しく」
「八束と四季がセノくんにはどうしてだか懐くんだよね。迷惑だったら言ってください。ほら、台所で待ち構えているから」
 大家はそちらを指さした。エプロンを身につけた四季とワイシャツ姿の八束が餃子の皮をちまちまと包んでいる。
「セノくんも手伝って」と四季に言われ、私もそちらへ向かった。四人掛けのダイニングテーブルに餃子の具材、皮、包みかけの餃子に調理器具が並ぶ。餃子の具にはソーセージやチーズ、納豆なども用意されていた。三人で餃子を包む。四季はそこそこの手際で、八束は不器用に手を動かしていた。
「わ、さすがだね。セノくんうまーい。器用」四季が手元を覗き込む。
「慣れだよ。大学時代に仲間とよく餃子やったし」
「ヤツカくんなんかへったくそ。破れてるし」
「ひだなんか作れないよ」八束が拗ねる。
「具はすくなめの方がいい。八束さん、それ具が多いんだよ」
「いいよ、僕はもう。餃子焼くよ」
「あー、ヤツカくんそれ私の役目なんだから。餃子うまく焼く方法教わったから試したいの」
 さっさと包んで、と姪に軽くあしらわれ、八束は渋々餃子を包む。それがおかしくて私は笑った。
「八束さんて料理しないよな」
 私の問いかけに、八束は「食べることにあまり興味がない」と答えた。
「でもあの通り、四季が世話を焼いてくれるから食べてる、そんな感じ。僕と親父だけだったら惣菜で済ませるよ」
「分かる。おれも大学生協でばっかり済ませちゃう。夕方行くとさ、売り切りみたいに残った惣菜を安く提供してくれるんだよね。栄養いいし量もいいし。そればっかり」
「三つあるどこの大学でもそう?」
「いや、受け持ち時間の関係で夕方までいない大学もある。そういう時はそういう時で、近所の学生向けの安い食堂を使う。楽だよ」
「確かにあの倉庫じゃコンロが古いからお湯沸かすぐらいしか出来ないしな」
「炊飯器あるから米は炊けるよ」
「コンロの入れ替え、考えようか? せめて二口あってグリルのついたもの、とか」
「ありがとう。そのうち考えさせて。いまは大丈夫」
 喋りながら手を動かす。そのうち八束は皮に具をのせるだけの係になった。それを私が受け取ってひだを閉じる。
「これで最後」と言った八束は、私のてのひらに餃子の皮を乗せて手を払った。作業中にずり落ちたワイシャツの袖をめくる。その肘の辺り、水筆を載せて滲ませたような痣があるのを私は認めた。腕をぐるりと囲うように荒く二本。
 色の程度からしてここ最近でついたものだろう。
 この形。
 私の視線に気づかぬまま、八束はシンクへ向かって手を洗った。丁寧に洗い落として手を拭い、シャツのボタンを袖まできっちり留める。私は最後の餃子を包み、バットに置いた。それをコンロの前に立つ四季の元へ運ぶ。
「あーありがとう。あとは焼くだけだしせっかくだからそのままうちのお風呂入っていけば? おじいちゃん、いーい?」
「構わんよ」
 火元から離れない四季の代わりに八束がタオルを出してくれた。南波家の風呂を使うのはこれがはじめてではないが、抵抗が全くないわけではない。倉庫暮らし風呂なし物件の私を気遣ってのことだとしたら尚更だ。
 湯船に浸かって、爪のあいだの黒さをまじまじと見た。刃物の手入れもそうだし、日頃様々な資材に触れる。手は硬くごわついて指や爪先には汚れが染み付いている。こすってみたが落ちるわけがない。そのまま両腕を合わせて肘の辺りを見た。多分、こう。推察出来る体勢を湯船の中で取り、水面が揺れた。しばらくしてばかばかしくなり、風呂を出る。
 服を着て居間に戻ると、食卓は整っていた。スウェットに着替えた八束が食器を出し、四季が餃子の皿を置く。焼き崩れているものもあったが、私に用意された皿の餃子は焼き目よく並んでいた。
 白米、スープ、常備菜と家庭的に並べられた品々。子どもの頃の食卓がよぎった。妻と暮らした日々のテーブルではなく、親や兄弟と暮らした頃の食卓。私は目を伏せる。
 台所のテーブルに四人で着いて、大家は機嫌よく梅酒を飲んだ。飲みながら「ハイツ・ミナミに空きが出るんだが」と先日の八束と同じ話をした。契約の更新はするがミナミ倉庫だけでいいと私は答える。
「年末年始は?」と訊かれ、私は不意をつかれたように顔をあげた。訊いたのは八束だった。
「帰省するのかなって。セノさんの実家ってSでしょ」
「あー、まだ決めてないんだ。混雑するし、大学が春休みに入ってからでもいいかと思ってて」
「なんかそれ、去年も同じ台詞を聞いたな。そう言って実家に帰らなかった」
「そうだっけ」
「今年だけじゃなくて去年も、その前もずっと」
「バツイチ独身男には肩身が狭くて」
「僕だって独身だ」
「あなたは定職に就いてる」
「いまこのご時世で正社員がいいわけじゃない。大学の非常勤を三つも掛け持ちしながら文化財修復の依頼をこなしているセノさんこそ立派な職業だ」
「あー、確かにお正月にうちのお雑煮お裾分けに行ったよね」四季がやんわりと八束を制した。八束は不機嫌な顔で「ごちそうさま」と言い、食器を下げて自身も部屋を出ていく。フリースを羽織る際に腕を引きつらせたのを私は見逃さなかった。滑らかなモーションの中の違和感。
 大家も休むと言って支度をはじめた。私は今日の礼を述べ、四季と食器を片付ける。ふたりだけになった台所で、四季は「なんかごめんね」と言った。
「このあいだからヤツカくん、機嫌悪くて。急にああなったり、ずっと本読んでると思ったら夜中に出かけたり」
「ま、この時期大人は忙しい。おれみたいなはずれものもいるけど一般的な大人は忙しいよ。八束さんも職場で色々あるんじゃない?」
「セノくん、お正月は本当に帰らない?」
 四季がこちらを見た。切れ長の瞳がしんしんと濃い。
「……作業したいと思ってる。できれば」
「そっか。大事だね」
「ここの契約更新も大事だけど、大学の方もね。迷うことが多くて……」
 そのまま私は黙った。四季も黙って食器を戸棚に仕舞う。
 手を拭って「四季ちゃん」と声をかけた。
「餃子のお礼。これからおじさんとデートしようか」
 コートを着込む私を四季はパッと見て、すぐにはにかんだ。
「デートって、もう夜遅いんだよぉー」
「橋のライトアップが綺麗かなって。クリスマスのシーズンだし。甘いもの食べない?」
「悪いおじさんだー」
「おじいさんか叔父さんにひと言言っておいで。車取りに行ってる」
 持ち物を確認して南波家を後にした。駐車場まで歩き、車に乗り込む。南波家の前まで戻ると四季は門扉の前にいた。「お願いします」と言って助手席に乗り込む。
 住宅街を抜けて川辺へと出た。この辺でいちばんの大橋がライトアップされている。そこを渡り、川辺の親水公園に車を停めた。閉店間際の屋台でホットチョコレートを買い、車内に戻ってイルミネーションを眺めた。
「綺麗だね」と四季が言った。「冬休みになったらえっちゃんとも来ようかな」
「……こないだ八束さんが言ってたんだけど」と私は切り出す。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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