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数日してこの町も梅雨が明けた。作業場でノートパソコンを広げているとアラームが鳴る。夜十時。私は息をついてパソコンを閉じ、スマートフォンを片手に表へ出る。
川の音がさわさわとなびき、じっとりと湿気と熱気が肌を撫でていく。羽虫が私の頭上についたセンサーライトめがけて飛んでくる。手で払いながら電話をかける。十回のコールで出た相手は、『ここのところ熱心だね』とすぐ傍を流れる水の重さでねっとりと答えた。
「いったん火がつくと凝り出す性分だっておまえはよく知ってるだろう」
『そうだね。昔っからずっとそう。変わんないよね』彼女はくすくすと笑う。
「それでおまえはそういうおれを面白がるんだ。いまだって電話をもらってわくわくしてるだろう?」
『すごーくね、ときめいてる』
「今日、旦那は?」
『さっき帰宅していまお風呂。大丈夫、明後日ならアリバイはばっちり。女子会でお泊まり会って話であの人は納得してるから』
「いい話の流れだね」
腕に蚊が止まる。それを私は叩いた。
『なんの音?』
「蚊を潰した音」
『明後日の予定をもう一度聞かせてくれる? わくわくしたいから』
「明後日はね」
横目で川の方を見てから、声を潜ませた。
「S駅まで車で迎えに行く。十時にこっちに着く電車だったよな。東口のロータリーに車停めてるから駅で落ちあおう。買い出しして、うちへ招待するよ。リゾートとはかけ離れた物件だけどおまえはここを気にいると思うよ。そのままゆっくり過ごそう。泊まっていけるだろう? 庭でバーベキューの準備をしとく」
『大学はいいのね?』
「夏休みに入ったから」
『あの人は?』
「それもスケジュールは確認済み。出張で泊まりだそうだ。夜ちょっと電話でもしとけばいいんじゃないの。万が一帰ってきて鉢合わせしても、妹だって言っとくよ」
『いけない人だなあ』
「やけになってるんだ。ひどい目に遭ったからな。その後の変化も特にないから毎日ストレスでキリキリしてる。――まあ、大学が夏休みになってくれたのはよかったかな。あんな写真を学期はじめにでも貼られてみろよ。収入の当てがなくなる」
『わたしとの写真も貼られたりして』
「妹だって言っとくよ」
『ごめん、旦那がお風呂から上がったみたい』
「仕方がないね。淋しいよ。早く会いたい」
『わたしもさみしい。すぐに会えるよ』
明後日、S駅東口に十時。唱え直して電話を切る。
翌々日、早朝に起きて家の周りを見回る。メールを確認しながらコーヒーだけ飲んだ。朝から夏直下の太陽がジリジリとあらゆるものに照射し、焦がすべく熱を加えていく。
学生の頃より真夏はTシャツが常だったが、ここ数年は麻素材の薄い長袖シャツを着るようにもなった。その方が肌を出してじかに日光を浴びるよりも涼しいと分かったからだ。これは八束を見ていて気づいた。八束は夏でも冬でもシャツを着る。一年を通してあまり着る物が変わらないのは、それで体温をある程度一定に保てるからだ。衣替えの必要がなくて楽、と本人は言っていた。真似するようになったのは何年前からだったろうか。
とにかく寝巻き代わりのTシャツから長袖のシャツに着替える。作業はしないつもりなので軽さを重視した短パンを穿いた。靴はスニーカーを履く。よく履き慣れて歩きやすいものだ。戸締りをきっちりしてから車に乗り込んだ。日光にやられぬようサングラスをかける。
S駅で人を待つあいだに、出張で移動中の八束からのメッセージを読む。彼は私よりもっと早くに移動して、現在は新幹線の中だという。東北の田舎町にある資料館に出向くと言っていた。帰宅は明日の夕方。土産を持って直接寄りたいとあった。
〈南波家に帰りなよ。おれが顔出すから〉と返信した。
〈うちで飲むのか? なら四季に連絡しないとな。きみに会いたがっていたがしばらく来るなと言われてとしょげていた。何かあるのか?〉
〈制作に入るからあんまり出入りしてほしくないんだ〉これは嘘だ。
〈依頼?〉八束は疑わない。
〈依頼。だからできれば、あなたにも〉嘘を重ねる。
〈分かった。明日は家に直帰する。待ってるから〉
〈うん〉
〈もしかして依頼のことで不安定になってた? この間〉
これには返事をためらった。
〈ちょっと落ち着かないことが周りに多いんだ。落ち着いたらちゃんと話す〉
これの返事は間があいたが、ひと言だけ〈分かった。信じる〉とだけ返って来た。
悪い。そう思ってスマートフォンを握りしめてハンドルにうなだれる。これから八束には内緒ですることを、八束に正面切って告げるつもりが、どうしてもない。
〈うん〉
〈もしかして依頼のことで不安定になってた? この間〉
これには返事をためらった。
〈ちょっと落ち着かないことが周りに多いんだ。落ち着いたらちゃんと話す〉
これの返事は間があいたが、ひと言だけ〈分かった。信じる〉とだけ返って来た。
悪い。そう思ってスマートフォンを握りしめてハンドルにうなだれる。これから八束には内緒ですることを、八束に正面切って告げるつもりが、どうしてもない。
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粟津原栗子
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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