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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「違う。知識が豊富で技術もあって、常識的なのに、思考がいきなり突飛だ。そういうところが僕にはないから、なんていうか、きみと接したりすると宇宙とか、宗教でいう悟りとか、そういうものを想像する時と同じ気持ちになる」
「……」
「何をされても言われても、きみがどんな人間だろうと、僕はもうきみには無条件で尊崇してしまう。参ってるんだ。ずっと、参ってる」
 そして八束は、私の肩にすがり、「寒くなった」と言った。
「ごめん。着ていいよ」
「そうじゃないだろ」
「……」
「そう、じゃ、ないだろ……」
 八束は大きくふるえた。その身体をたまらず強く抱いた。抱いて、体重をかけて床に押し倒した。八束の目元がほんのりと染まる。肌が蕩ける。求められていて、求めていて、私は混乱していて、他人を拒絶していた。
「……ごめん」
 それだけ言って八束の上から退いた。八束の顔を見られない。八束はそれ以上なにも言わず、服を着た。
「邪魔した。帰るよ」
 八束は温度のない声でそう告げ、荷物を拾って帰ろうとする。だが私の脳裏には凌辱された八束の写真がフラッシュバックした。私はひとりでいたい。けれど八束をひとりで帰すべきではない。感情と理性のぶれで目が眩む。胃の底がひっくり返るかのような胃痛と、後頭部を思い切り鈍器で殴られたかのような頭痛がした。私は咄嗟に八束の手首を掴んでいた。八束は止まったが振り返らなかった。ビニールシートを抜けて、八束の手首を引いて私は居住スペースへと移動する。
「セノさん、」
 途中、八束は抗議した。どうしたいの、どうしたの、という疑問が伝わる。部屋の隅のベッドまでやって来て、私は八束を前にベッドに腰掛けた。逃げられないように手首をしっかりと掴み直して、息を吐きながら八束の腹に頭をつける。
「今夜は帰らないでほしい。けど、それはあなたにとってひどいことをしているんだって分かってる」
「……意味が分からない」
「とても、とても疲れているんだ。いまはそうとしか言えない。……ひとりになりたい。けどあなたを帰したくない」
 八束の腹に頭を押し付けていると、八束は私の手から逃れ、私の頭を抱いた。
「どうしたいの」
「……」
「ここで一緒に寝てろとでも言うのか? 何もせずに、ただ、」
「一緒に寝るのが嫌ならおれがソファに行ってもいい。でもお願いだ。今夜は帰らないでほしい」
「……僕はきみに触れられたい」
「分かってる。承知で、言ってる」
 八束は大きく息をつき、「わけがわからない。なんなんだ、一体」と苛だたしげにこぼした。
「でも結局のところ僕は、鷹島静穏に望まれたら抗えないんだ」
 その言い口は諦め半分、恨みがましかった。でも私が望んだとおりに、靴を脱いでベッドに寝転ぶ。
「きみも寝ろよ。腕枕で勘弁してやる」
「……いいの、」
「あ、四季には連絡しとかないとな」
 スマートフォンを取り出して家に電話をかける。用件だけ伝えて電話を切った。寝転んだまま「ほら」と言うので私も隣に滑り込む。
 八束の頭の下に腕を差し入れ、ぐっと引き寄せた。
「寒い?」
「僕はまったく。セノさんがふるえてる」
「おれが?」
「自覚ないの?」
 そう言われてもなかった。八束はわざわざ起きて、上掛けをしっかりと被せてくれる。
「眠れ」と八束は言った。
「何があったか知らないけど、眠るべきなんだ。それは分かった。不可解が多すぎるけど、今日は休みな」
 それはその通りで、言葉どおりにたっぷり甘えることにした。ちゃんと話さねばならないと考えつつ、八束を抱いているうちに深く泥のような眠りに引きずり込まれた。


 翌朝、私は目覚めなかったらしい、光に気づいて起きたら隣に八束はいなかった。起きあがると顔からひらりとメモが落ちる。ボールペンの流れる字体で「仕事だから帰る。八」と記してあった。八は丸でくくってある。
 スマートフォンには通信が入っていた。私が勤める三つの大学のうちのふたつ、どちらも事務局への窓口となってもらっている常勤講師からだった。一つは奥山からの私信で、その後の私を心配する旨と大学からの業務連絡。もう一件は今日授業をするはずの大学からで、急遽休講になる連絡だった。
 ひと晩休んで、私はすこし元気になった。すくなくとも危機に晒された八束自身の無事を知れた。昨夜見た八束の身体、体表には全く傷はなかった。八束の職場や家庭にもないようだったから、引き続き情報は集めておくべきだけれど、敵の目的は私の思うような範疇に収まっている。
 つまり私を標的としている。
 ノートパソコンをひらく。こんなことをしている場合ではないと心から強く思う。思うが、やるならば徹底的に。人の心を失って、私は冷徹の岩塊と化す。
 八束の声が聞こえた。耳の内側で。その声には色も温度もない。
  ――きみは得体が知れない。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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