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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 私が教える三つの大学のうち、もうふたつにも確認を取る。そちらでは問題は起こっておらず、「どうかされましたか」と訊ね返されるぐらいだったので安堵するも油断は出来なかった。私の身辺で不審者がいるようですのでと注意をお願いしておく。
 なにかを買って帰らねばコーヒーすら飲めないと分かっていたが、なにも口にする気になれず、警戒しながら帰路についた。車を停め、倉庫の周りを窺ってから屋内に入る。室内に明かりはなかったが、倉庫の隅に張ったビニールシートの隙間から明かりが漏れているのが分かった。誰かいる、と緊張が走る。とうとう室内にまで侵入されたかと心臓は逸るも、脳は冷静だった。木彫に使うハンマーを手に取り、じわじわとビニールシートの一角へと近づく。そっと近づいて、シートを一瞬で剥がす手順を脳内でシミュレーションする。シートに手を伸ばす。ハンマーを握る手を軽く動かす。いま――とひと息にシートをめくると、中にいた白髪頭がびくりと身体をのけぞらせてこちらを見た。うずくまって私の構想ノートをめくっていたのは、八束だった。
「――びっくりした。おかえり? どうした?」と八束はなにも警戒なく私を見あげた。
「あ、いや、」私はハンマーを置く。「ここだけ明かりがついていたから誰かと思った」
「ああ、ごめん。夕飯を一緒にどうかと誘いに来て、きみを待ってる間にここに入ったら止まらなくなってしまって」八束は手元のノートを大事そうに撫でた。
「……八束さん、今日はひとりで出かけないでっておれお願いしたよね」
「うん。でもきみのところに来るぐらいならと。今日親父はいないし、四季もえっちゃんところだって言うし」
「車は? 表に停まってなかった」
「本を読んでたら肩が凝った。ウォーキングがてら来た」
「危ないことは?」
「え?」
「いや、……いい」
 ふ、と息をついて私はシート内の床に腰を下ろした。垂れ下がったシートの口を閉めて空間を隔離する。狭い制作スペースで八束とふたりになって、ひどく疲れた、と思った。
 疲れた。誰かといるからこんなに疲れる。
 傍らで片膝を抱いていた八束は、「なにかあった」と訊ねた。
「目が窪んで濁ってる感じがする。ひとりの方がいいなら僕は帰ろうか?」
「歩いて?」
「大した距離じゃない。いい運動だ」
 そう言って立ちあがりかける八束の手首を咄嗟に掴んだ。そのまま引き寄せる。誰かといるからこんなに疲れているし、今日起こったことはなにひとつ解決に至っていない。けれどこうして人を衝動的に求めてしまうのは、私が生物であるという紛れもない証拠なんだろう。
 薄着の八束から、熱が伝わる。今日はシャツではなくグリーンのカットソーだった。その裾に手をかけ、めくって八束の肌をあらわにする。頭痛がひどく、目も霞む。ひとりになるべきだ、と脳が警告を告げるのに手は動く。
「セノさん?」
「身体を見たい。脱いで」
「セノさん、」
「寒い?」
「……寒くはない、けど、」
「脱いで。全部」
「どうしたの、」
 そう問われて、私は言葉をつぐんだ。傷がないか確認したいと思ったのが動機だが、それだけを理由にするにはいまの私は理性を失いかけている。
 裾から手を入れ、八束の素肌を胸まで晒す。そこまでされると意図は汲めずとも八束はされるままになってくれた。自ら襟を抜き袖を抜き、半裸になる。手を這わせて、身体を探った。目立つ傷はない。ベルトに手をかけると、八束はさすがに抵抗して私の手に触れた。
 仕方がないのでそのまま八束の腹に耳や頬を当てて呼吸をした。八束の体内の音を聞く。さまよっていた八束の手は私の髪に触れた。
 困ったような戸惑いの仕草で、八束は床に座る私と目線を同じにするように、膝を突いた。目と目が合わさる。強いスポットの陰影で八束の白髪が光る。八束の頬を手で包むと、八束も私の頬を包んだ。互いが互いを引き寄せて唇を重ねる。触れて離れ、また触れて離れ、を繰り返した。そうして八束の腕に頭をすっかり抱かれた。
 走る八束の心音が聴こえた。気持ちがいい。けれど不思議なほど性欲に結びつかない。水に浸かって溺れる恐怖が込みあげる。いま私は混乱している。
「きみは、」
 触れているから、八束の身体が少し硬くなるのが伝わった。
「得体が知れない」
「……気味が悪い、てこと?」
 そうかも知れない、と思う。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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