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ふたりでいるのにひとりですするパスタは、あまり味を感じなかった。夏衣と暮らした頃の食卓がよみがえり、かえってげんなりとした。八束は全く動かず、そういうポーズを取る彫像にでもなってしまったかのようだった。
食べ終え、八束の分にはラップをかけた。かけてから八束の背に触れた。八束はこわばる。けれど顔を上げた。戸惑いを通り越して怒りが満ちているのか、私を鋭く睨む。
その頼りない手首を取り、私は八束を引っ張る。制作スペースへと八束を導く。
「なんだよ、」
八束は抗ったが、それでも手を引かれてついてきた。倉庫のいちばん北側には、ずっとビニールシートを垂らした一角があった。カーキのシートの内側には、八束たち来客には見せづらいものを置き、そこで制作をしている。六畳ほどのスペースにいまは、私が若い頃に制作をした彫刻を置いていた。それを見た八束は、みるみる目を見ひらいた。
「『私を突き抜ける風』……」
「うん」
「なんでここに、……K県の美術館にあるんじゃ、というか、ここは」
置かれている作品は一体だけではない。私が若い頃に制作し、手元に残してある作品もここには置いていた。
「損傷箇所の修理で美術館から送ってもらったから。ほら、こういうところが割れて材木が反ったり」
スツールの上にはクロッキー帳を置いていた。修復にあたって過去のアイディアや設計図を記していたものを取り出し、参考にしていたのだ。それを八束は手に取った。
「見ていいよ。スケッチとかアイディアノートみたいなものだから」
「この作品の?」
「んー、この時期の」
そして八束は、そろそろとクロッキー帳をめくりはじめた。それきりまた動かなくなる。私は時計を確認し、「もう行くよ」と八束に告げた。
「見たいなら見てていい。帰るのも勝手だ。パスタ、温め直して早めに食べて。五時すぎには戻ると思う」
私は八束のために明かりをつけてやる。そしてシートを再び閉じた。
授業はなんだか上の空だった。過去の経験の反射から指導していた、と言える。片付けをして大学を出る。なにか買い足すものがあったはずだが頭が働かず、結局真っ直ぐ倉庫へ戻った。
車を走らせながら、考えていた。こんな形で知らせるつもりではなかったが、言うタイミングを掴めずにいたのだから自業自得だ。八束はどう思ったのだろう。身を隠すようにして髭を生やし、制作発表から遠のいている男が憧れの芸術家と一致するだろうか。私だったら信じない。そんな落ちぶれた姿など、憧れなら尚更見たくはないのだ。
……違う、自分が見せたくないのだ。見せて、失望されたくなかった。
……違う、自分が見せたくないのだ。見せて、失望されたくなかった。
これで帰っても、八束がいない可能性は充分にあり得た。きみは嘘つきだと言って別れを切り出されてもやはり私のせいなのだった。友人にすら戻れず、店子として月一の家賃の納めのやり取りで終わる。そこまで考えてそれもいいかもしれないな、と私は思った。潮時か。藍川が返事を待っているのだから、むしろさっぱりしてTへ行けるかもしれない。
梅雨が明けるまでは、と思っている。本格的な夏が来るまでは。夏休みに入れば大学の前期課程は終了する。そこで切るのがちょうどいい。だから、夏が来るまでは。この雨季が終わるまでは。
――梅雨が明ければヤツカくんの誕生日がすぐだよ。
――元妻となんか誕生日を過ごさせない。
その約束が、強固に結び絡まって、私の身体を縛る。ここは居心地がいい。ずっと浸っていたくなる。けれどそれでは私の望む芸術は成せない。
――あなたはひとりになるべきよ。
――人ってひとりにならない方がいいんだ。
――ヤツカくんは倉庫でひとりでいるセノくんが嫌なんじゃないかな。
人は人といるから惑う。私は、どうすべきなのだろうか。
倉庫に八束の車はなかった。やはり帰ったか、と私は納得しながら落胆する。いや、当然なのだ。もう連絡も取らないのかもしれない。私が望む「ひとり」がやって来る。もう後がなくなって、彫刻のためだけに粉骨砕身。本当か?
室内のシンクの水切りかごに八束が食べたと思われるパスタの皿が伏せられていた。捨てられたわけではなさそうだった。倉庫の奥のビニールシートをめくったが誰もおらず、私の若い頃の作品が鎮座しているだけだった。スポットも消されている。
大きくため息をつき、顔をてのひらで揉み込む。疲れたな、と思った。こういうのは、疲れる。自分のやり方のまずさが原因だからどうしても自己嫌悪に陥る。シートの中の制作スペースでぼんやりしていると、表の鍵がまわって誰かが侵入する気配があった。
鍵を持っているのだとすれば、八束か大家しかいない。知らぬ前に合鍵でも作られていれば分からない。危機意識が鈍くて働かず、シートの外へ出る気力がない。どうすべきか迷っているうちに足音が近づき、シートがめくられて私は目を細めた。険しい顔をしてはいたが、八束だった。
「おかえり」と固い響きで八束は言った。
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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