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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 鳥の声で目を覚ましたので、早起きだったのだと思う。カッコウだった。托卵の話を聞くといい鳥ではないかのように思えるが、私はこの時期この鳥の声で目覚めるのが気持ちいい。夢か現実か、よくわからぬ場所で鳴く鳥だなと思う。鶏のような鳴き方をする鳥では、ひと息に現実へ蹴り転がされて、朝の清々しさを痛感して涙が出そうだ。
 身じろいで隣を見ると、眼鏡こそ外していたが八束の目はあいていた。「今日、なにするの」と私から訊いた。言葉の発声のはじめがかすれた。
「四季を学校に送ってって……本読んだり」
「昨日借りてきた本?」
「それも読みたいね。……セノさんは?」
「おれ? 授業だよ」
「午後からだろう。午前中は?」
「んー、これで南波家をお暇したら、授業の準備とかメールの返信とか。洗濯もしないと」
「僕がやろうか、それ」
「授業?」と言うが、違うと分かっている。八束は目を閉じたまま笑う。
「洗濯ぐらい。今日は天気があまり良くないみたいだから、コインランドリー使うだろう? あ、倉庫内にロープ張るのか?」
「いいの、本読まなくて」
「洗濯しながら本が読める。あの時間が僕はわりと好きだ」
 んん、と考えた。だが八束がやってくれると言うなら、その分雑多なことに充てられる。
「お願いしようかな」
「四季送ってうちの片付けを済ませたらセノさんとこ行くよ。昼までいる?」
「うん、昼飯食ってから授業行く」
「じゃあ惣菜もなにか買って行こうか?」
「うちいま食材あるから。あるもので済まそうかと」
「ああそっか、実家から荷物届いてんだっけ」
「コーヒー豆買ってきてよ。美味いコーヒー飲んで仕事に行きたい」
「分かった」
 そこで目を閉じていた八束はそっと目をあけた。起きあがり、眼鏡をかける。
「朝食食べて行ける?」
「なんか南波家には食費を納めないといけない気がしてきたな。いただきます」
「簡単なものしか出ない。じきに親父も散歩から戻って、四季も起きてくる。シャワー浴びてくるよ」
 そう言いながら八束は横になっている私の肩に目元を押し付け、「起きたくないな」と静かに笑った。吐息がシャツに染みて熱い。
 その身体を抱きしめ、しばらくじっとしていた。
 人はひとりの方がよいと考える私と人はひとりにならぬ方がよいと考える八束。
 その思考の発生に、あまり差はないのかもしれないと思った。つまり互いに臆病なのだ。


 朝食をおさめ、厚く礼を述べて南波の家を後にした。倉庫の辺りを窺いつつ車を停め、周囲を一周してから鍵をあけて入った。変化は特にない。だがこんな場所に、と思う箇所に泥の跡があった。梅雨時のいま、地面はぬかるんでいる。道ゆく何ものの足裏に泥はつく。だがそれは明らかにヒトの足跡だった。先だって危惧していた事柄が次第に輪郭をあらわす。じっとりと表出を窺っているような。
 耳をすます。なんとなく感覚を研ぎ澄ませておく必要があると思った。カッコウの声も雨音もしないが、川の音はする。この倉庫に住みだして五年の月日が経とうとしているが、初年に八束から言われたことを私は忘れてはいない。八束は、「ここに住むなら川の音には注意して」と言った。
 ――近年で堤が切れたことはないけれど、昭和の記録には災害の記録が残っている。増水した川からゴツゴツと大きな石が動くような音がしたらすぐ避難してください。大量の水が動いている証拠です。音に注意を。むやみに見に行くようなことはなさらないで。
 これが、この地域の川の歴史を研究し、新旧の地形を知った八束の、そして大家としての、最初の忠告だった。
 いまは大丈夫、とゆっくりと目をあける。
 下着からすべて着替え、洗濯物をまとめてランドリーバッグに放り込む。授業の支度を整えていると表の扉が叩かれた。八束が顔を見せ、「豆買って来たよ」と紙袋を持ち上げて入室してきた。

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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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