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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「ゲージュツっておれはわかんないんすけど、引き込まれるよって南波がしきりに言うんです。いつか、見てみたいです」
「……ありがとう。大人もね、かなり頑張ってるんだよね」
 苦笑まじりに笑っていると、酔いのかなりまわった八束が「なにを頑張るって」と口を挟んできた。大家は食事だけさっと済ませて自室に戻っている。
「あなただって仕事に家庭に忙しい」
「忙しいけど、必ずしも全力で全部頑張ってるわけじゃない。手抜きを覚えたり」
「手なんか抜いてないよ、八束さんは」
「セノ先生こそなんじゃないの、全てに全力なのは」
「あ、えっちゃんお迎え来たみたいだよ」
 電話を受け取って四季が口を挟んだので、話題はそこで途切れた。ぐでぐでに酔っていたはずの八束はそれでもさすがで、迎えに来た新村父にはスマートに対応をしていた。
「南波、また学校でな。なんかホント、ありがとう」
「またえっちゃんちにも行くね。おばさんにも会いたい」
「四季ちゃんホントにいい子だなあ。正敬をありがとうございました」
 そうしてえっちゃんは帰宅する。
「さて、飲み直しだ」と八束はひらりと身をひるがえして居間へと戻る。
「まだ飲むのぉ?」と四季。
「セノさん、もうすこし付きあってよ。今日はいいものを借りてきたんだ」
 八束はいったん二階の自室に下がった。その間に四季とふたりで片付けを済ます。八束はもうすこし飲みたいと言ったが、時間や量からしても明日は一応仕事のある身としては私はやめた方がいいだろうと判断する。四季に水をもらい、ついでに「シャワー浴びなよ」と勧められたのでタオルと風呂場を借りた。
 さっぱりして戻ると、八束はキッチンのテーブルに移り、本をめくりながらコップ酒をやっていた。本は、大型の厚みのあるものだった。見覚えのある表紙にぎくりとする。八束は私に気づき、「ビール? 日本酒? ハイボール?」と立ちあがりかける。それを制して水道で水を汲んだ。
「だいぶ飲んだ。おれは明日もあるから、今日はもう終わりだ」
「なんだよ」
「それ、鷹島酷夜の作品集だね」
「お、知ってる?」
 向かいに腰かけると、八束は嬉しそうにコップ酒をあおった。
「僕は知らなかった。鷹島静穏のお父さんなんだって。仏師で石彫が専門だって。ていうか、鷹島静穏の一家って芸術家の一家だったんだな」
 嬉しそうなまま本をめくる八束に、うん、と相槌を打つ。
「お母さんは菊池燿子。詩人でエッセイストだ。僕も本を読んだことがあったけど、あのエッセイに出てくる家族のことが鷹島静穏だとはまさか思わなかった。鷹島酷夜との間に三人子どもがいて、真ん中が鷹島静穏。お兄さんの活動は知らないけど、妹さんは画家として活動しているらしい。最近知って、今日図書館で色々と借りてきたんだ」
 よく見れば八束の足元のトートバッグには菊池燿子のエッセイや詩集もあった。私はグラスの水を飲む。
「きみはどうして鷹島酷夜を知ってたの」と訊かれた。
「――ていうか、そっちの方が有名だから。鷹島酷夜の石彫なら、全国のあっちこっちの寺社で見られるし」
「そっか、きみは仏像彫刻行脚の旅に出かけたことがあったんだっけ」
「F大の学部生の頃ね。でもそれよりずっと前から知ってた」
「ああ、鷹島酷夜の石彫はS県に多いよね。工房があるんだっけ」
「――あのさ、」
 食事を作る際に四季に言われた言葉がよぎる。「自分から言った方がよくない?」
「八束さん、おれは――」
「ヤツカくーん」
 言うか言うべきかと迷っているうちに、四季の声が割って入った。シャワーを浴び終えて、就寝の準備といった体で歯ブラシを握っている。
「シャワー浴びる? 浴びないならボイラー切っちゃうけど」
「ああ、四季。ほら、これ鷹島静穏のお父さんの作品だよ」
「聞いちゃいねえなあ」
 わざと乱暴な口調で四季は呆れている。
 八束は四季にぐいぐいと本を見るように勧めた。
「ヤツカくん、シャワーすぐ浴びないならボイラー切るからね。また水浴びて風邪引きましたとかやめてよ」
「で、こっちが鷹島静穏のお母さんの詩集で」
「もー、酔っぱらいめ。セノくん、お布団敷いた?」
 四季は居間を見て気にしていたが、私は「勝手がわかってきた家だから自分でやるよ」と笑う。笑っているうちに八束が席を立って私の背中に張り付いてきた。
「セノさん、これがー」
「分かった分かった、分かったから、……八束さん、手が熱いよ。眠くない?」
「眠い。でも本見たい」
「布団敷くから休もうよ。あなた明日も休みなんだろ」
「セノさん」
「なに?」
「セノさん……」
 私の名を繰り返し呼び、八束は私の背中からずるっと落ちて床に転んだ。大丈夫かと慌てたが、そのまま寝入っている。四季は心底呆れ顔で、だが「こういうヤツカくんてさ」と八束の寝顔を見下ろして言う。
「セノくんが傍にいるときだけなんだよ。ヤツカくんひとりじゃあんまり飲まないし、職場の飲み会も好きじゃないって言って積極的には参加しないしね」
「……」
「お布団とヤツカくん、任せていい? 私も休みたいから、ここも全部片付けちゃうね」
「ああ……」
 四季は「コロッケ美味しかったな」とはにかんだ。咥え歯ブラシのままテーブルを片付ける。私は布団を押し入れから引っ張り出し、二客居間に並べて敷いた。片方に眠る八束を横たえる。八束のスラックスのベルトを抜いてシャツのボタンも外すと、そのまま全裸に剥いてしまいたい欲に駆られて参った。
 わざと乱暴に布団をかぶせ、電灯を落とす。
 話さねばならない。
 勇気がない。
 いずれ分かることだ。
 でもこの嬉々とした顔を見ていると、どうしていいのかわからなくなる。
「――……人は人といるから惑う」
「なにか言った?」
 食器を戸棚に仕舞っていた四季が振り向いた。
「いや、」
 私はよく眠る八束の髪に触れた。さりさりと掻くように混ぜる。
「なんでもないよ」


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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