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私が揚げ物をしている間に、四季はキャベツの千切りや白米の炊飯などを請け負ってくれた。途中、大家から電話が入る。「おじいちゃん、時間かかるみたい。これから修理に立ち会うって」とのことだ。せっかくだから大家の分のフライも別皿に取り分けておく。
八束とえっちゃんは、同時にやって来た。八束の話では「家の前うろうろしてた」。久々に会ったえっちゃんは四季の言う通りに背が伸びた。身体つきが変わったように思う。そして四季と対面すると、ぎこちなくも「これ、親父から」とビニール袋を差し出した。
「わ、さくらんぼだ」
「店で出してて廃棄直前になってたやつだけど、傷んでたやつは取り除いたし。……呼んでくれてありがとな」
「……んーん、セノくんの発案だから。……でも呼ばれてくれてありがとう」
微妙な雰囲気だったが、悪くはなかった。お互いを思いやって気遣っている風が伝わる。微笑ましい思いでいると、事情を把握していない八束が「なにかあったのか?」とこっそり耳打ちしてきた。
「いや。今日は揚げ物祭りだぜ、って話だ」
「ふうん? きみ、泊まってけるのか?」
「南波家が許すなら。明日の授業は午後からだから、時間に問題はないよ」
「なら飲んでけよ。地酒があるって聞いて楽しみにしてたし、あとは揚げ物ならビールだろうと思って瓶で買ってきたんだ」
「そりゃいい。最高だね」
こうばしいにおいと軽快な音で、次々とコロッケが揚がっていく。玉ねぎのフライの他にも、冷蔵庫にあったインゲンを素揚げする。四季にはえっちゃんの相手をさせて、私の補佐には八束が入った。出してくれた食器にフライを盛り付け、味噌汁も碗に移す。
「フライなら口がさっぱりしたものも欲しいだとろうと思って、商店街の漬物屋で福神漬けも買ってきたんだ」
「いいねえ。ほうれん草の胡麻和えも作ったよ」
「きみにそんな技があったなんて知らなかったな」
「まあ、結婚してた頃は主夫みたいなことしてた時期もあったからね」
中学生らを呼んで居間のテーブルに夕食を並べてもらった。四季は「えっちゃんのお腹鳴りまくってたね」と笑い、えっちゃんは「そういう南波の腹もな」と照れ臭そうに答えた。
大皿に盛られた大量の揚げ物がテーブルの中心にそびえ、周りを副菜や味噌汁の碗が囲む。中学生組には白米の茶碗もある。ドリンクの準備も整い「じゃあ、なんだろう。今日もお疲れ様でした」と、グラスを鳴らす。
「おつかれー」
口にしたビールは、揚げ物で汗をかいた身体に染みる美味さだった。皆でまずはコロッケに箸を伸ばす。口にして「うわあ美味しい。ソースかけなくてもしっかり味ついてるやつだー」と感想を漏らしたのは四季で、えっちゃんも「美味いっす」と瞬く間に消費していった。
中年ふたりとしては、酒のアテで飲んでいるとコロッケはひとつかふたつもあれば充分である。それでもフライは消化された。中学生組が猛撃を見せている。えっちゃんは白米にコロッケを載せて食べ、さらに白米をおかわりしていた。
そのうち大家も帰宅した。思ったより修理が早く済んだといい、席を用意して配膳した。大家はえっちゃんを見て「若い人が家に増えるっていいねえ」と歓迎した。大家が来る頃には地酒もあけられ、成人連中はコロッケよりもそちらに集中するようになった。
「えっちゃん、コロッケ余るからちょっと持っていきなよ」と四季が言った。
「もうじきお迎え来るでしょ? タッパーに詰めるからさ。大人はほら、なんかもうコロッケはどうでもいいから」
「どうでもよくはないんだけど、日本酒はじまっちゃうと揚げ物よりは漬物や胡麻和えなんだよね」と私は口を挟む。
それからえっちゃんの顔を正面から見た。剣道をやっているおかげか、彼の身体には常に正中線が一本入っているような緊張を伴った正しさを感じる。細く撚りの強い糸がピーンと一本張られているかのような。
「美味しかった?」と訊いてみる。
「あ、はい。すごく。おれ五つも食っちゃって」
「いいよ、たくさん食べろ。きみの年代は食べたものみんな成長のエネルギーに使われるから。膝が痛いのは辛いだろうし、そして痛みがなくなった頃きみの身体は変化しているから戸惑うこともあると思う。でもそれは、きみが健康だからだ。膝を痛めることはして欲しくないから、ここはストレスが溜まるだろうけど、慎重に過ごして。また剣道ができるようになるから、そのための休息の期間だ。最近、おれが尊敬する人が言ってた。なにかをなすためのなにもしない期間は大事だって。そういうことでいいんじゃないのかなと、思う」
「……はい、ありがとうございます」
えっちゃんは俯いていたが、やがてこちらを射抜く眼差しで「セノさんの作品、すごいんだって南波から聞きました」と言った。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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