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「前に言ってたやつ? 成長痛じゃなくて?」
「そういうのだと思う。実際背も伸びてる。けど、部活の練習も試合も制限されてるから。それがずっと続いててストレスが溜まってる」
「ああ、そうか」
「えっちゃんってさ、すごく身体の軽い人なんだよ。なんていうのかな、ひらひらしてる。『えっちゃん』ってあだ名がつく前は『マサル』って呼ばれてんだけど、マサタカのマサとサルをくっつけて『マサル』だったわけ。そのぐらい身軽なの。そういう身軽な人がさ、重たい防具つけて竹刀を振り回す。えっちゃんの剣道の試合ってすごいよ。相手の動きみんな読んで、すぐかわしちゃう。正面切って竹刀を受け止めたんじゃ重量で敵わないって分かってるから、とにかくすばしっこく動いて最小限の動作で相手の攻撃をかわして、最小限の力で技決めちゃうの。相手もあれ? って思っちゃうような繰り出し方。見ててすごく夢中になる。そういうえっちゃんを格好いいと思うし、私の彼氏なんだよって嬉しくなる。だからそれをやるなって言われてるいまのえっちゃんは見てて辛い。やっても身体が成長途中なのは多分、いままでと動き方が違うってことだろうから、戸惑うだろうし、苛々もすると思う。そういう人にどういう言葉かけていいのかわかんないし、私もやりたいことがあるから……最近は、ちょっと」
「ふむ」私は顎に手を当てて考える。
「このあいだの昇段試験も受けられなかったから、……どーすればいいんだろう。男の子って分かんない。私は気にすることがあったらまず喋るけど、えっちゃんもヤツカくんも黙る。セノくんもそう?」
「人による。よるけど、……そうだね。話しかけて欲しくないかも。自分の中で延々と考えるんだ。答えが出るまでは黙って手を動かすかな、おれは」
「そうだよね。喋ってるうちに忘れちゃうとか、喋ってるうちにすっきりするとか、きっと違うんだよね。……私、黙ってる時の男の人って怖いと思う」
「……」
「いままであんなに親しく喋れてたのに、急に怖くなるの。緊張する。ヤツカくんも、えっちゃんもそう。セノくんは話を聞いてくれるけど、ヤツカくんやえっちゃんに感じる親しさと違うっていうか、やっぱり他人だから、こういうことも話せるんだけど、……分かんない。うまく言えない」
「いいよ。おれはほら、所詮は南波家のイチ店子だから」
知らないおじさんだ、というと、四季は難しそうな顔を緩めてすこし笑った。
「それに日頃は四季ちゃんほどじゃないけど、若い人と接している。具体的な指導までするわけじゃないけど、こういう話し相手みたいなところは経験があるんだ。その経験から言うけど、きみの感じている『異性への怖さ』は、ざっくり言ってしまえば思春期だからなんだと思う。正常に発達している証拠だ。そしてね、多くの人はこれを経験して超えてくよ。おばちゃんまで行くと、そりゃもう怖いものなんかないようだし。男性の方がよっぽど臆病だろうね」
「……そうなの?」
「うん、きっと。だから黙ってしまう異性を怖いと思うのは、経験を積むことでいつか薄れる感覚なんだと思う」
「……」
「でも怖いのはいまだから。いま怖いのに未来の話をされても、と思うだろう。そういうときは第三者を巻き込むのはアリ。ものすごくアリ。だからさ、今日だったらおれがいるから。えっちゃんに電話してみなよ」
そう言うと、四季はパッと私の顔を見た。縋るように泣きそうだったが泣かなかった。
「コロッケあるから夕飯食べに来ない? って。もちろんおれはこの家の人間じゃないから、おれが主導するわけにはいかないけど。でも八束さんや大家さんならえっちゃんを許してくれるんじゃないかな」
四季は黙った。しばらく黙ってから、やがてぽつっと「電話してみる」と答える。
「おれ、キッチン借りるね。支度するよ。冷蔵庫も漁っちゃうけど」
「あ、キャベツあるよ。冷蔵庫の野菜室」
「オーケイ」
私は持参した食材を手に、キッチンへと向かう。背後からやがて電話の声が聞こえて来た。えっちゃんにはつながったらしい。そしてしばらくして、「えっちゃん、来るって」と私に告げた。うん、と私は頷く。
「ちょうど八束さんからも連絡あった。これから帰るって。えっちゃんの件も連絡しとこうか」
「……ありがと」
「コロッケたくさん送られて来たから、たくさん揚げるよ。他に揚げて欲しいものある?」
「あー、玉ねぎのフライが食べたい」
「分かった。あとはおれに任して勉強してる? 手伝ってくれる?」
「……手伝う」
そして四季は突然、エンジンのかかった車であるかのように身体中に力をみなぎらせた。健康な十四歳の肉体にみるみるエネルギーが巡っていくさまを目の当たりにして、私は大いに感動した。美しかった。このモーションは南波家特有だろうか。八束にも折に触れて目にする動きだ。もし中学生だった八束にもいまの四季のような瑞々しさで備わっていたとしたら、私はそれを傍で見たかった。
四季はテーブルを片付け、エプロンをつけた。このエプロンは誕生日に八束に買ってもらったのだと言う。漂白された白が美しいリネンだった。「セノくんに対抗したんだよ」と四季はフライ用の鍋の準備をしながら言った。「セノくんの私の中一の誕生日と入学祝いをようやく知って、そういう『センスのいい贈り物』をしてみたくなったんだよ。いままではテキトーなお菓子やおもちゃだったんだから」と言う。
「おれの身近なものを使って欲しかっただけだよ」
「梅雨が明けたらじきにヤツカくんは誕生日だよ」
「おっと」そうだったな、と電話機の横にかかっているカレンダーを見る。まだ六月、けれどじきに七月。終われば八月が来る。
そのころの私は一体、どこでなにをしているのだろうか。
「ヤツカくんにもセノくんのセンスのいいプレゼント、してあげてね。私じゃやっぱり、資金力がないから敵わない」
「おれも潤沢にあるわけじゃないよ。でも覚えておく」
「鷹島静穏からのプレゼントだって知ったらヤツカくんは鷹島静穏の髭にくっついてた木屑でも大切にしちゃいそうだけどね。まだ言えてないよね、名前」
「そうねえ」
「もういい加減にばれると思うよ。それより先に自分から言った方がよくない?」
「そうねえ」
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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