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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 桜並木を堪能したので八束の運転で商店街へと移動する。四季が行きたがったお好み焼き屋はちょうど開店するところで、店内の大きな鉄板は「まだあったまってないからちょっと待ちな」とのことだった。女将とその息子夫婦で経営されている店で、地元の人間には馴染みのある店だ。南波家はなにか喜ばしいことがあるとこの店に来ると聞いている。四季が小学校に入学した時も、夏休みの自由研究で入選した時も、卒業と入学の時も、ここへ来て好きに食べたという話だ。
 今回はなにかいいことがあったのかと私はメニューを見ながら訊ねる。四季が「八束くんの昇進祝いだよ」という。
「昇進? したの?」初耳だった。
「そう。なんだっけ、ソーカツシュセキ? ジョウセキ?」
「総括上席研究員」
「それって研究職の中でどれぐらいの位置なの?」
「首席の次に偉いぐらいの研究員のポジションだな。まあ、小さな郷土資料館だから。学芸員としての仕事は減るけど、研究職としてはどんどんやってけ、責任もそれなりに負えよ、成果出せよ、的な立場だ」
「それはますます研究に没入できるってことじゃないか。またとない待遇だろう? 大家さんには報告した?」
「息子の昇進なんかあの人には興味ないよ。今日だって食事に行こうって四季が誘ったのに、勝手にやるから勝手にやってこい、だ」
「いやでも、びっくりしたな。そんなニュースなんでもっと早く教えてくれなかったの?」
 訊ねても、八束はメニューに目を向けたままでこちらを向かなかった。
「決めた」とメニューを閉じる。
「海鮮と、餅と明太子、豚玉。あと砂肝とあさりとつくねとじゃがいもも焼いてもらおう」
「バターコーンも頼んでいい?」と四季が訊き、八束に了承を得てメニューが決まった。
「すごいな。お酒飲まなくいいの、八束さん」
「車だからね」
「分かってたらおれが車出したのに。帰りは運転代わろうか?」
「ひとりだけ飲んでてもつまらないだろ」
 それは暗に私と飲みたいのだと聞こえた。私はそっと微笑む。やがて温まった鉄板でメニューの品が焼かれはじめた。鉄板を仕切るのは息子で、老年の女将は手をこまこまと動かしながら客の会話に応じていた。グラスやおしぼりなどを息子の嫁と思しき女性が渡してくれる。店の隅にはテレビがあり、民放のローカル局が夕方のバラエティ番組を放映していた。
 八束の昇進の話を聞き、女将は「好きなことが仕事になるってのは大変だろうに」と笑った。
「あんたなんの研究職なんだっけ?」
「風土史。この町は川が大きくてたくさんあるから、昔から船着場として人やものの出入りがあった。そういうことを調べてるんだよ」
「研究者ってのはあたしには分からない職業だよ。ごみ収集所の獣害対策でも考えてくれた方がよっぽどいいのにねえ」
 ねえ、は四季に向けられたものだった。四季は臆することなく「私もよくわかんなーい」と笑う。女将の目は初見の私にも向き、「そちらさんはその髭面じゃあまともなサラリーマンでもなさそうだねえ」と笑った。
「セノくんは大学で教えながら文化財とか工芸品の修復とかしてるんだよ」
「へえ。じゃあラジオとかも直せるかい?」
「うーん、電気系統は未習得なんですよ。勉強しないとできないな。でも器の修復はある程度できますよ」
「器の修復?」
「ほら、お茶碗欠けちゃったとか、ガラスのコップ割っちゃったとか。日本には昔から金継ぎっていう漆で直す技法があってね」
「セノくん、そんなこともできるの?」
「覚えたくて漆職人の友達に教えてもらった。漆はかぶれるしね、すごく時間もかかる。めったにやるわけじゃない」
 喋っているうちに三枚のお好み焼きがスッと鉄板の隅に寄せられた。見た目の差はあまり分からないが、ソースの香ばしさが漂って食欲を誘う。四季が「みんな食べたい!」と言うので、皿をもらってそれぞれの味を取り分けることにした。一品ものの鉄板焼きも次々と出てくる。こんなに食べ切れるのだろうか、という量だった。
 食べていると店の扉があき、カウンター内から女将が「おやマサタカ」と声を発した。馴染みの客でも来たのだろうと考えていると、四季が反応した。勢いよくそちらを向き、「えっちゃん」と言う。その台詞は私と八束の脳内を俊敏に刺激して、店の入り口を見た。
 女将に「マサタカ」と呼ばれ、四季に「えっちゃん」と呼ばれたのは、四季と同年代の少年だった。同伴している人間はおらず、ジャージを着て大きなスポーツバッグを背負っている。四季は「部活終わったの?」と訊き、少年は「うん」と答えた。「おれも腹減って」と四季の傍へ寄った。
「おばちゃんおれ豚玉ね」
「あいよ」
「こっちもつまんでよ。調子に乗って頼みすぎた」と四季が隣の席を指した。
「いいの? おれめっちゃ腹減ってるよ?」
「いいよ。いいよね、ヤツカくん」
 姪に訊ねられ、八束は「ええと」と口をひらいた。
「四季の叔父です。……四季の、同級生?」
「ええと、そうです。保育園から一緒です。新村正敬(にいむらまさたか)と言います」
「ニイムラマサタカ……」
「えっちゃん」
 四季が口を挟んだ。
「えっちゃんだよ、ヤツカくん。この人が、えっちゃん」
「え? なんで?」その質問は大人にしてはあまりにも素直だった。
「僕はてっきり、『えっちゃん』てのはエツコちゃんとかそういう、女の子のあだ名だと」
「ああ、よく勘違いされます。つか、いつまでもそれで呼んでるの南波ぐらいだからな」
 少年は優しい目を四季に向けた。照れているわけでもなく、怒っているわけでもない。とても親しく馴染む感覚は、私が八束に抱くそれとかなり似ていた。
「ほら、小学校のとき、CMにトヨエツが出ててちょっと流行った時があったじゃん」
「俳優の?」
「うん、トヨエツ。あれの真似が上手かったの。だからみんなえっちゃんって呼びはじめたんだよ」
 八束は黙る。私も黙って叔父と姪とその同級生を窺っていた。
「その、あのね、四季。きみはしょっちゅうえっちゃんちに行くとか、えっちゃんと出かけるとか、夕飯を食べてくるとかいう話をしているけど、それは全部、彼のこと?」
「うん? そうだよ?」四季は屈託なかった。
「あらあんたら付きあってるの教えてなかったの?」
 とどめを刺したのはカウンターの内側にいる女将だった。私には八束が途端に力んだのが分かった。肩がわずかにいかっている。


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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