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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「んー、言ってない。だってヤツカくん、私に興味ないし」
「向こうのご家族は公認なのにねえ」と女将。
「公認? というか、付きあってるって、」
「じゃあもうここで判明したってことで。ほらあんたら食べ? 焦げるわよ」
「なんで大事なことをいままで言わずに」
「ヤツカくんだって家にいなかったりじゃん」
 八束は口をあけたまま固まっていた。そんなに驚かなくても、と思わず私は吹き出してしまう。
「そっかあ四季ちゃん。彼氏いたんだ」
 髭面の見知らぬ男に笑われて、「えっちゃん」はちょっとびっくりしていた。八束と言いあっていた四季もこちらを見て、ようやくはにかんだ。
「いたんだー。あ、えっちゃんあのね、あの人、セノくん。うちの物件借りてる人だけど、ヤツカくんと仲良いんだよ」
「はじめまして。新村です」
「おれもえっちゃんって呼んでいい?」
「いいっすよ」えっちゃんもふんわりと笑った。
「何部なの?」
「あ、剣道部……でも最近膝ダメなんで、半分ぐらいマネージャーっす」
「そうか。成長痛かな?」
「だといいんすけど。おれ、南波よりチビなんで」
「新村くん」と八束は四季の彼氏を呼んだ。
「あ、はい」
「日ごろ四季がお世話になっています。きみのお母さんから色々と料理なんかを教わって来るようだし。うちはこの通りの男所帯で至らない点が多々ある。……よければ今度はうちにも遊びに来てください。それからご家族の方にも、よろしくお伝えください」
「……あ、ありがとうございます……」
「でもまだ派手に遊んだりはしないように」
 最後はきっちり釘を刺す。私はまた笑った。
 
 
 四季はえっちゃんと歩いて帰ると言い、八束は渋い顔をしたが門限を指定して了承した。えっちゃんが自転車を押し、四季と並んで商店街から住宅街への道へと消える。それを見送って、私たち中年男ふたりはパーキングに停めた車へ戻る。
 車内は無言だった。ミナミ倉庫まで戻り、私は八束をコーヒーに誘った。八束はまだ渋い顔をしていた。ソファに座り込み、顔を揉んでから「びっくりした」と口をひらいた。
「えっちゃんが彼氏だったとか……」
「おれも驚いた。でもなんかいい顔した子だったよな。いい意味で育ちがいいんだろうな」
「まだ四季は中学生だ」と八束は言った。
「……おれもはじめて彼女できたの中三だったよ」
「いつから付きあってたんだ。そんなもんなのか? ……ああでも、あれは姉貴に似たんだ。姉貴も中学の頃に先輩と付きあってた」
「八束さんは?」
 淹れたコーヒーをふたつのカップに分けて、片方を八束に渡す。
「あなたはどうだったの」
「僕は……」
 そのまま黙った。八束が女性も愛せる男かどうかは訊ねていないが、もしそうだったとしても、葛藤の多い思春期ではあっただろうと想像する。だから軽率な質問だったかもしれないと思いつつ、私はシンプルに八束を知りたかった。
「……はじめて付きあったのは高校の時」
「うん」八束の隣に腰を下ろす。
「違和感があって、すぐに別れた。告白されたから付きあってみたけどみたいな。……大学でいわゆる『三丁目』デビューしたんだよ。すごく勇気を出して。……このあいだまではずっと、そこからの縁で遊んでいた感じだな」
「このあいだ?」
「……なんだろう、……はじめてなんだよ」
 八束が睨むようにして私の顔を見た。
「自分と違う星の人とまともに付きあうってのが」
「……このあいだまでは同じ星の人たちだったわけ、」
「少なくとも皆ゲイかバイだった」
「そういう分け方、おれあんまり好きじゃないな」
 私はコーヒーを置き、ソファから立ち上がった。作業場の方へ向かう。暗がりの中からテーブルの上に置いた封書を探り出す。
 ソファに、八束は所在なさげに座っていた。戻ってきた私を見あげ、「怒った?」と訊く。
「怒ってないよ。昇進祝い、しないとなと思って」
 手にした葉書サイズのDMを見せる。展覧会のお知らせの葉書だった。
「藍川岳(あいかわたける)退官記念……個展?」
「うん。芸大の院でおれがお世話になった先生が昨年度で大学を退官したんだ。それの記念の個展をやってる。大学附属の美術館で」
「彫刻?」
「木彫の先生だよ。八束さん、興味ない?」
 DMの通信面には一体の彫刻の写真が刷られていた。巨大な木の塊は、美しい布地であるかのようなひだが彫り込まれている。それがその人の作風だった。
「一日空くなら行って帰って来れるし」
「……僕が行っていいの、きみの恩師の個展に、一緒に」
「デートにいいと思ったんだけどな」
「……候補日は?」
「ま、土日かな。平日は授業があるから。あなたが土日に休めるなら」
 八束はじっと葉書を見つめ、すこしして「休みの希望出すよ」と言った。
「早めに教えて。バスか電車で行こうと思うから」
「車の方が楽じゃないか?」
「公共交通機関使えば飲めるだろ? 昇進祝いなんだから、そのまま向こうでちょっといい店入ろうよ」
 そう言うと八束は素の顔になった。それから非常に照れて私の肩に額を押し付けてきた。
「う」
「う?」
「うれしい」
「よかった」
 私はそのまま八束の頭に手をやり、白髪をさりさりと撫でた。撫でられながら八束は、ぽつんと「四季にさ」と漏らす。
「さっき彼氏だと紹介されて、僕はうろたえたんだ。びっくりしたのもあったし、その、……僕が性教育というか、そういう話を彼女にできるのだろうか、と考えてしまった。女性を知らないのに、僕が、と」
 それがあまりにも沈んだ響きだったので、私は八束の手に触れ、握った、
「そういうの、関係ないんじゃない? 女性でも男性でも、セーフティセックスの大元は同じだと思う。性差は機能的な違いだから、それはあるけど」
「……でも彼らはタイミングが合ってしまえば子どもが出来る。僕が言えることもない。僕こそ危ないことを楽しんでいるわけだから」
「あのさ、それこそおれは、怒るよ」
 八束から身体を離した。手は繋いだままだ。
「まあおれたちだって身体から入った関係だと言えばそうだろうけど、……危ないことはさ、おれはもうあなたにはしてほしくない」
「……」
「おれはあなたを縛ったり叩いたりはしないし。よそで縛られてこいなんて絶対思わないし。あなたに縛って欲しいと言われたらちょっと考えるから時間をくれって言っちゃうけど、でもそんなのはカップルの数だけある事情のひとつだろう。四季ちゃんとえっちゃんもそうだよ。それの、基本の話だよ」
「……」
「それにえっちゃんのおうちがしっかりしてそうだから、向こうの親御さんと話してみるのもいいかもね。南波家はやっぱり、両親不在の事情が彼女にあるから」
 八束は頷き、私の胸に頭を寄せた。八束の肩を抱き、背に手を回した。私も体勢を変える。八束がちょうどよく収まるように抱き直し、肩に頭を落とした。
「……髭面なんて、まったく僕の好みじゃないんだ」と八束は言った。
「髭? 嫌?」
「違う。嫌じゃない。……きみは全然嫌じゃない。嫌じゃないから、参ってる」
「……」
「参ったな……お手上げなんだ」
 喉から絞り出す悲鳴のような本音を、私は奥歯を噛んで堪える。
 八束は起きあがって私を見た。
「……四季が戻って来るから、帰るよ」
「うん……」
 また頭の奥が鋭く痛んだ。視界が明滅する。危険だと告げるアラート。
 これは一体なにに対して、と思いながら八束と離れた。 


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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