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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 川が見たい。そう言われたら連れて行けないはずがなかった。姉をだるまにするかのごとく防寒させて、痩せ切った身体を車の助手席に押し込む。姪は最近、小学校の友達の家に遊びに行くことが多くなった。自宅療養――とは名ばかりで、本当はこれ以上の治療を拒否して終末を実家で迎えようとしている痩せた母を、直視できないようにも思えた。
 小さな片ではあったが、雪が舞っていた。川辺の親水公園に車を止める。外は寒くて肺に悪いだろうと思い、窓をわずかに開ける程度にとどめた。地球環境には悪いと思いつつ、アイドリングで暖房を入れる。
「冬のね、川が好きなんだよね。静かで、広くて、真っ白」と姉は言った。水筒に詰めて持ってきた白湯を渡してやると、口にするよりは手で包んで温めていた。
「五紀さ、本当に父親を明かさないつもりか?」姪の前では訊けなかったことを訊く。
「四季の親権とか、そうでなくても養育費とかさ。色々、あるだろ。父親には言うべきだと思うんだけど」
「大丈夫だよ。お父さんとは話がついてる。八束も、……実家に戻ってきてくれてありがとうね」
 姉の指が、八束の髪に触れた。ここ最近、白髪が目立つようになった。父もそのぐらいで白髪だったというから、そういう家系なんだと思っているが、綺麗なグレイまでにはまだいかなくて、中途半端に老けた感じが否めない。
「四季は、いい子に育つよ。私がいなくてもね」
「なんでそう言い切れるんだ。あの子はいま、幼いながらに親を亡くそうとしてるんだぞ。母親を。せめて父親ぐらい、」
「大丈夫。私がそういう人を選んで四季を産んだ。あの子はタフで、優しい子に育つ。いまは痩せてく私が辛いんだと思う。優しくて痛みが分かる子だからよ。ちゃんと私を見てる。八束も安心して」
 貯金ならあるから、あの子が望むように。そう姉は言い添えた。
 川面は薄く氷が張っている。今年の冬は厳冬で、雪も深く難儀している。とりわけ川辺は冷えた。鳥もいないんじゃないかと思ったが、葦の茂みに隠れて鴨が固まっていた。
「あ、鳥」
 姉は重たげに指を指す。鴨のことかと思ったが違う。どこにいたのか、どこから来たのか。真っ白くて大きな鳥が飛び、眼前を渡っていった。
「鷺かな、でもこんな時期にいる鳥だっけ?」
「挨拶に来てくれたのか、迎えに来たのか」
「よせよ、そういうこと言うの」
 姉を咎めると、姉は「私も言いたいこと言っとくね」と答える。
「八束、変な人たちと付き合うの、やめな」
「……」
「身体を傷つけるようなことはね、私はして欲しくない」
 八束は黙った。ぎゅ、と肘のあたりを押さえる。そこは先日遊んだ男にいたぶられ、腫れて痛みを持っている場所だった。
「八束はさ、ここと」姉は八束の心臓の部分に手を当て、自らの胸に手を当てた。「こことで、本心から交流したことがないんだね」
「……どういうことだよ、」
「身体の痛みを得て誤魔化してる。本当は心が痛いのに」
 ああ、この姉には見透かされてるんだな、と思い、八束はそっぽを向いた。
 家族に性癖を告げたことはない。これから先も口にしようとは思わない。いつでも自分は空っぽで、それが恐ろしくて、姉のいう通りに身体の表面に痛みを得て誤魔化している。そうされると心の痛みを忘れるような気になるのだ。心が痛いのは、みぞおちの辺りが痛いのと、よく似ている。痛みで腹をさすっていると、それが表面なのか中身なのか分からなくなる。
 でも、常に痛むのは心だ。
「……五紀」
「なに、八束」
「僕はひとりになりたくない」
 この際だからなのか、ほろっと本音がこぼれた。もう長くない姉に、行かないで、行かないでと必死で縋っている。現実を受け入れられない。近いうちに自分はこの人を失う。姪よりも恐れ怯えているのは八束の方だ。
「……ひとりにしないでくれ……」
「怖いのね、八束」
「……」
「でも身体を傷つけられても、心の淋しさは募るばかりでしょう。あのね、八束。本心で人と語ったり笑ったり喧嘩したりするのを恐れていると、淋しいだけなんだよ」
 運転席のハンドルに突っ伏した八束の、頭をそっと梳かれる。
「私がいなくなったら、四季とそうしてやってね」
「……あの子だっていずれ五紀みたいに自分のパートナーを見つけるだろ。僕には、できない。もうずっと、できないんだ」
「いつか王子様が、って歌があったね。それを望んでるわけ? ばかだなあ、八束」
「……」
「頭はいいくせに、ばかだね」
「うるせえよ。五紀こそ、こんなになって」
「あのね、八束。八束がこの人を見てて怒りが湧く、って人が現れたら、その人を大事にしてみて」
「……なにそれ、」
「怒り、ってね。二次的な感情なんだって。原始的な感情じゃないの。はじめに怖かったり、恐れたりして、もうそういう思いをしたくないから、防衛で怒るの。自分を守るためにね」
「……」
「恋やら愛情も大事だけど、怖いと思う人と対峙することを恐れないでみて。怖い人ってね、大概は優しい人だよ。その優しさは、八束の淋しさに向き合ってくれると思う。これは私の経験則」
 姉の手はそのまま背中に降りて、八束の肩甲骨をさする。傷を癒すかのように。
「八束がそれを経験して実感できたら、その時はそれを四季にも伝えてあげてね」
「……」
「泣くな、ばか。こっちが泣いちゃう。ほら八束、また鳥だよ」
 鳥だよ、と姉はもう一度呟いた。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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