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三十歳
不動産屋に仲介を頼み、物件を見ているとそこの大家だという老年の男性がやって来た。「ここの物件で住みたいと仰っててぇ」と不動産屋の若い社員は顔が引き攣っている。早くここから立ち去りたい、という態度が見え見えだ。
不動産屋に仲介を頼み、物件を見ているとそこの大家だという老年の男性がやって来た。「ここの物件で住みたいと仰っててぇ」と不動産屋の若い社員は顔が引き攣っている。早くここから立ち去りたい、という態度が見え見えだ。
「そりゃ、まあ」と大家は静穏を上から下までじっくり見てから「奇特な方だねえ」と朗らかに言った。
「南波さん。そういうわけであとお任せしていいですか?」と不動産屋社員は及び腰だ。「鷹島
静穏さん。三十歳、独身だそうです。決まるようでしたら、もうそちらでやり取りしていただいて。うちはもう」
「ああ、いいですいいです。ここまでご苦労さまでした」
若い社員はこれで、と頭を下げてさっさと車に乗り込んだ。静穏は自分の車で不動産屋の後をついてきただけだから足に困るわけじゃないけど、この逃げっぷりはなんだ? と謎だ。
「はじめに伝えておきますけどね、ここは事故物件でして」と大家は鍵を取り出して言った。
「ここには会社があったんですけど、事故で社屋を移らざるを得なくなったものでね。それ以来ここには誰も立ち入っていませんし、だから住むとなるとまずは片付けからしないといけない。事故の詳細、訊きますか?」
「いやあ、私にはあんまり興味のない話なので。ただ、格安で広い場所を借りられる方が実益あってありがたいな、と」
「本当に奇特な方だねえ。広いは広いけど、住めるようなところじゃないですよ。風呂、ないですし」
「あー、そこはあまり困りません。さっきこの近くに銭湯の煙突を見かけましたし」
「柳の湯ですね。あそこはぬるめのいいお湯ですよ」
ぎい、と油の少ない音で扉がひらいた。社内の事務室兼給湯室として使われていた広間と、実際に工場として使われていた広間とでざっと見静穏が望むだけの広さは充分すぎるほどある。それをあの値段で借りられるのは、かなり魅力的だった。
「埃っぽいな。借りるとなれば、業者を入れないといけませんね」
「それぐらい自分でします。実は広いところを借りたいってのは、作業場として使わせて欲しいというご相談がありまして」
「ほお?」
「私は木彫を主な表現に使っている、一応は、彫刻家なんです。もう何年も発表する作品を作れていないのでそう名乗っていいのか自信はないんですけど。いまは大学の非常勤やったり文化財の修復やったりで暮らしてます。できればここでそういう作業をしたいんです。さっきの不動産屋の話では、交渉次第では好きに使わせてもらえるかも、というお話でしたので。ここは川に近いけど周りに住宅がないから、音をさせてもあまり文句は出ないかな、と」
「そういうことでしたか。そうですね、そういうことならここはちょうどいいかなあ」
大家と屋内を見回り、再度「どうします?」と訊かれた。
「好きにしていいですよ。事故物件ですがお清めとお祓いは済ませてあります。あなたが、――ええとセノさんだったっけ。が、気にならないのであれば。もちろん、住み始めてやっぱりダメだってなった時は、また相談し合いましょうかね。うちは他にも大型の倉庫や家を扱っていますけど、そちらも見ます?」
「いえ、さっき不動産屋で見せてもらったところは、やっぱり値段が。だから私としてはここが願ったりの条件です」
「では決めてしまいましょうか。ここではあれですので、うちへおいでください。おおい、八束」
こんこん、と大家は乗ってきた車のウインドウをノックした。中には白髪頭の男性がだるそうに眠っていたが、合図で起きてウインドウを下げた。その顔は、想像よりずっと若かった。
「私のせがれです。休みだからと運転手に付き合わせました。三十歳とお聞きしましたが、それなら八束と同い年かな? 気が合うといいねえ」
八束、と呼ばれた男性と視線を交わす。八束はそっと、「熊みたい」とこぼした。
「え?」
「髭、豊かですごいですね、という意味です。他意はありません。気を悪くしたらすみません」
「ああ、気にしません。その通りだから」
笑ってみせると、向こうも表情を緩めた。八束、という名前について思いを巡らす。呼びやすくていいなと思った。確か日本書紀あたりで、拳八つ分、長い、というような意味で使われていたかと思う。昔から馴染みのある言葉を名前にしている。静穏は自身の名をきちんと呼ばれたことがない。だからいっそう、良いものとして感じられた。もっとも、自分が想像している「八束」という漢字とは違うものがはめられている可能性もあるのだけど。
八束は「後ついて来られます?」と静穏の自家用車を指した。
「大丈夫ですよ。案内、お願いします」
「遠くはありませんが住宅街なので、道がちょっと狭い。うちまで来たら車は縦列駐車になります」
静穏は笑った。
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短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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