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十九歳
年次が上がり、研究室に所属することになった。静穏の希望通りに彫刻科研究室に所属になった。担当教官が主に扱う素材はテラコッタだったから、はじめは粘土での塑像の仕方を教わっていた。でも幼い頃から父を見て育った静穏には、粘土よりは彫るもの、だから木彫をやってみたくて自然とそういう流れになった。
年次が上がり、研究室に所属することになった。静穏の希望通りに彫刻科研究室に所属になった。担当教官が主に扱う素材はテラコッタだったから、はじめは粘土での塑像の仕方を教わっていた。でも幼い頃から父を見て育った静穏には、粘土よりは彫るもの、だから木彫をやってみたくて自然とそういう流れになった。
教育学部の美術教育コースだから、当然実習が絡んで忙しい。それでも制作に打ち込めたのは、早朝に行う新聞配達のバイトが効率よかったのと、サークル活動というものに一切の興味を持たずに所属しなかったせいでもある。放課後はほぼ毎日遅くまで残って材木に向き合っていた。担当教官に勧められてコンペに応募したら、思いのほか高評価で驚いた。
「審査員特別賞」と言われて振り向くと、制作室の扉の前にひとつ年上の先輩がふたり立っていた。女性の方は絵画研究室で油彩を学んでおり、男性の方は同じ研究室の先輩だった。「すごいね」
「美大じゃなくてよかったの? 進学先。このまま教員やる鷹島なんか想像つかないね」と女性の方が隣に話しかけ、男性の方が「いまからでも編入は遅くないんじゃないか?」と言った。
静穏は分かっていた。とりわけ男性のこの先輩の方が、おそらくは自分をやっかんでいること。静穏の芸術に対抗心があるのか、嫉妬心があるのか、とにかく嫌味を言わねば済まないらしいことは。
女性の方はこの男と付き合っていると聞く。だから彫刻研究室にも頻繁にやって来る。
「編入は、考えていないです」と鑿を握る手を止めて額の汗をタオルで拭った。
「このままこの大学を卒業します。教員免許も取ります」
「三年次の教育実習はキツイぞ。教材研究で寝る暇もねえから、制作してる時間なんざ当然ねえ。四年次にも実習はある。それよりもっとおまえにはさ、身のあることを学べる大学の方がいいんじゃねえ?」
「この大学でも基礎は充分学べます。その先のことは、まだ決めていません」
「来年にゃ早いやつは就活はじめるさ」
「まだ、決めていないんです」
嘘だった。本当はほとんど決め切っていた。もし、もしも次のコンペに応募して、手応えがあったら、評価が伴ったら。この大学を卒業しても、自分は教員にはならない。
男は言い切った静穏に対してたじろいだか、嫌気が差したのか、とにかく非常に不愉快極まりない、という体で「お前、なんなわけ?」と訊いた。
「大体さあ、この研究室は粘土造形が主流なわけなんだから、お前のやってることって勝手だよな」
「機材は揃っています。彫塑も、木彫も。石彫やブロンズ鋳造だって出来ます。彫刻研究室なわけですから。それに授業でも木彫の講座はあります。渡辺先生だってまるきり指導できないわけではありません」
「うるせえんだよ、おまえの制作って。チェーンソーだのベルトサンダーだの。もっと静かにできないわけ? 作ってるもんも同じだ。うるせえんだよ」
あれこれと難癖をつけられる。女の方は呆れた顔でそっぽを向いている。うるせえのはお前の方だよ、と声高く叫んでやりたい気分になる。ガンガンにハードロックなんか掛け流しながら粘土をペタペタといじるこの先輩の彫刻は、本人の気質通りに粘っこく、重い。
静穏が目指すのはそうじゃない。彫刻は重たいけれど、もっと軽くならないかとずっと考えている。
「うるさくして申し訳ありません」
それだけ言って、制作途中だったけれど制作室を出た。あの人に何か言われるとものすごく頭の中が散らかる。単純に向けられる敵意は、静穏の脳内を怒りで満たして掻き回す。色んな声がして頭の中がうるさい。うるさい。うるさい。うるさい! と歩きながら道端の小石を蹴り飛ばした。遠くまで飛んで、電柱に当たってカン、と音を立てた。
空を見上げる。天気が変わるのか、湿っぽい大きな雲がもくもくと湧き上がっていた。ひと雨来そうな気配だ。風が変わった。
ごろ、と雷鳴がする。冷たい風が吹き下ろし、それが静穏の身体を真正面から打ち、後ろの講堂の窓ガラスを叩いた。ガラスが鳴る。冷たくて、湿っぽくて、強い風が暴れ回る。
誰の元にも風は吹く。
急にふと、そう思った。というよりは浮かんだ。自分にも、あの嫌味しか言わない男にも、誰の元にも風は吹く。世界に満ちている大気を動かし、循環させる。
――私を突き抜ける風。
そう、囁かれた気がして後ろを振り返った。構内に学生はちらほらいるが、静穏に囁いたとは思えない。誰が囁いたか。風か? おまえがおれを呼んだか?
イメージが脳内に溢れかえる。いま彫っている作品は自己像の予定だったけれど、ちょっと趣向を変えよう。そうだ、風だ。誰の元にも風は吹き抜ける。おれにも、あんたにも。
回れ右をして制作室に飛び込んだ。制作しかけていた静穏の作品がそこにある。負けてたまるか。おれはやめない。ここでこうする道を、諦めない。
もっと芸術に近付こう。おれがおれでいるために。もっと傍に。誰も文句の言えないぐらいに。
絶句するしかないほどの衝撃を与える芸術を作ろう。
だからもっと傍へ。
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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