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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「また本ばっか読んでぇ」と言われた。数秒間が空く。それが自分に向けられた台詞だと理解しきれなかったのだ。顔を上げるとこの春中学校を卒業して高校進学を果たした一学年上の先輩が嬉しさではちきれんばかりの笑顔でそこにいた。
「……久しぶりですね。こんなところで何やってるんですか、先輩」
「ガッコで出された課題の資料借りにな。たまには市立図書館行こうかな、と思って来てみたらおまえいんじゃん。受験生がこんなところいていいのか?」
「受験生だからいいんじゃないですか?」
「その本は受験に関係あるように思えねえけどなあ」
 先輩は笑った。笑うとえくぼが出来てそれが好きだったことを久々に思い出した。
 八束がめくっていた本は郷土資料集だった。この町の歴史が記されているもの。受験にこの町の歴史問題が出題されるとはあまり思えないから、先輩の言うとおりにこれは受験勉強とは関係のない、八束が興味あって読んでいる本だった。
「いいんです。過去問も解き飽きたし」
「おお、余裕。さすが文系トップは言うことが違うね」
 すると司書が通りかかり、「館内では大きな声の会話は控えてね」と言われてしまった。
「注意されちゃった。おまえ、いつまでここにいるつもり?」
「いや、これ読み終わるので返して帰ります」
「ならどっか寄ろうぜ。おれバイトはじめたからさ、なんか奢ってやるよ」
「去年まで後輩にジュースだのアイスだのをせびってた人の台詞とは思えないですね」
「だろ? ヨノナカは金なんだ金」
「言い切るほどそうは思ってないです」
 本を戻し、なにも借りずに市立図書館を出る。本当は借りたかったが、借りてしまうと没頭してつい時間を忘れる。それを母に散々注意されているので最近は控えている。まあ、受験生なので。一応は。
 先輩について入ったのはチェーンのファーストフード店だった。最近この町にも進出して、店内は若者でごった返している。なんなのかよく分からない甘い飲み物を先輩はふたつ買い、紙コップのひとつを八束に寄越した。
 空いている席にぎゅうっと身体を押し込み、「元気にしてたか?」と訊かれた。
「おれはずっと心配してたぞ、おまえを。学校の図書室で本ばっかり読んでちっとも友達とつるまねえからさ。おれが卒業しちまったら誰もおまえに構わなくなるんじゃないかって。なんか案の定だったな。なんで市立図書館?」
「……学校の図書室の本はあらかた読んでしまったので」
「すご!」
「夏休みは県立図書館に行きました。遠いから通えないのが残念です。高校進学したら国立図書館へ行くのが目標です」
「本の虫」
「仰る通り」
「文章書くのは?」
「嫌いではないです。進んでは書きませんが」
「なあ、おれの課題代わりにやってくんねえ? 作文でさ、苦手なんだよ、文章って」
「このジュースで?」
「いや、まあ、……言ってみただけ。なあ、中学楽しいか?」
「普通です」
「普通かあ」
「結局僕は、本に没頭していられればいろんなことがどうでも良くなるんです」
「読書は楽しいか?」
「知らないことがたくさん書かれている。知りたいことも書いてある。友達と話すより気持ちが落ち着きます。や、興奮してんのかな、わかんないんですけど、楽しいです」
「南波ぁ」
 先輩はずず、とジュースをすすった。「ひとりじゃ生きていけないぜ?」と当然のことかのように言う。
「おまえが死にそうな時に本は助けてくれないぜ? 仲良い奴とか、好きな奴とか、なんかいねえの?」
「先輩こそ彼女できたって聞きましたよ」
「お、情報が早いな。今日は向こうが塾だから会えないけど、な」
 その瞳は照れ臭さと嬉しさで満ちていた。こんな顔僕は見たことがなかったな、と思うと忘れたはずの疼痛が蘇る。
 先輩を好きだった自分のことは、心底嫌いだった。なぜ同性なんだ、という愕然。思春期ならではのものかと散々悩んだが、ひとりを好む八束をうるさいぐらいに世話を焼いて心は嬉しかった。嬉しい分だけ悩みが深まる。卒業で離れると分かって、もう会わないだろうことに感謝していいのか、会えないことに泣いていいのか、混乱したほど。
 女性に対して全く恋心を抱かない自分のことに対しては、きっとそういう感情の発達が遅れているんだろう、とはじめは思っていた。だが恋、というものを八束にもたらしたのはこの先輩であり、そのことは、大いに戸惑いを与えた。こんな心臓の痛みは嘘だ、と思いながら常にドキドキしていた。まるい後頭部とか、すらりと伸びる腕とか、骨ばった手の組み方とか。変声期の声の掠れ。そういう、肉体的な部分にどうしても惹かれた。惹かれる分だけ自分を戒めなければならない、と思った。罰を与えなければ、と。
 なぜならこれは間違っていることだからだ。
「女ってかわいいけど面倒くさいな」とストローを咥えながら彼は言った。
「電話しないと怒るし。こっちは向こうの親が出たらどうしようってびくびくしながらかけてるってのにさ。返事がそっけない、とかでも怒るし。なんかちーっさいこと見つけては怒る。あれはなんなんだ?」
「僕に訊かれても」恋愛対象はあなたなので分かりません、と言えるはずもない。口の中に苦味がこみあげる。
「南波はいねえの?」
「なにが?」
「とぼけんなって。彼女とか、好きな女子とか」
「いません」
「えー、フツーいるだろ」
「じゃあフツーじゃないんです。この通り、本の虫なので。人間じゃないんです」
「虫だって雄と雌でつがいになるだろ。……なんか怒ってる? こういう話題、嫌だった?」
「いえ、……僕には本当にそう思える人がいないので、答えようがないのがなんか、申し訳ないなと」
 綺麗に嘘が出た。あなたが好きだから、或いはどうやら同性が好きだから、女性のことを考えていない自分のこと。
「気にすんなよ。なんかごめんな。悪かった。そういう場合もあるよ」
 先輩はジュースを飲み干して紙コップを握りつぶした。ぶし、と甘い残り汁が垂れるのを舐め、その舌の動きを八束は見ていた。
 あれに。
 あの甘い汁みたいに啜られたい。
「南波の場合は、これからなんだろ。まだ中三だしな。これからこれから。いつか出会うよ」
「……そうだといいんですけど」
「とりあえず受験が先だもんな。受験生捕まえて話す話題じゃなかったわ。ホントいつも無神経でごめん。でもなんか南波には構いたくなるんだよな」
 そのくしゃくしゃの笑顔に胸を絞られる。先輩、いつ出会えるんですか。
 この持て余した感情をすくいあげてくれる人に。
 先輩じゃあないのは、なぜですか。
 僕は。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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