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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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十四歳/十五歳

 屋上へは入ってはいけない、と言われている。学校によくある話。そしてその屋上への立ち入り方もこっそり知っている。おそらく自分だけが。これも学校によくある話。
 その日も授業をサボタージュして屋上で寝ころんでいた。教師に見つからないコツは、一番上まで上がり切ってしまうこと。屋上へと通じている階段の屋根そのものへ上るのだ。遮るものは何もなく、目の前に空がいっぱいに広がっている。青々と澄み切った空に雲がうろこ状に伸びている。夏の盛りを過ぎて秋の気配を見せた空。これをどうやっても、自分はうまく描けない。
 描けないものはたくさんある。水もそうだし、風もそうだ。家とか、木とか、人とか、犬とか、そういうものはある程度描けるようになってきた(と思う)。でもどうしたって空や雲や水や風は描けない。描けないものが自分の周りには満ちていて、すなわち大気というものがとても不思議だ。描けないのに、どうして色がついていたりするんだろう。どうして触れたと分かるのだろう。どうして音が鳴るのだろう。不思議でたまらない。
 兄の原野は、小さい頃はたくさん絵を描いていた。おかげでいまも絵は上手いけれど、本人は高校に進学してから絵を描くより新聞を作る方が面白いとか言って、文章を書いたり写真を撮るようになった。兄のような積み重ねが、静穏にはない。自分は幼いころからぼーっとしていて、なにかを眺めている時間の方が圧倒的に多かった。父が教えてくれたから工作は好きだし粘土も触れるけれど、絵、となるとものすごく難しくなる。嵐はいいなあ、と妹のことを思う。彼女は小さい頃からずっと絵を描いていて、それも歌を歌いながらすごく嬉しそうに描く。小学生のいまでもずっと描いている。あんな風に屈託なく絵に向き合える妹も羨ましい。あと小憎たらしい。
 最近は、苛々し始めた。描けない鬱屈がたまって。自分の技術がないせいなのか? 性質を理解したら描けるものかと思って理科の先生に水について質問に行ったり図書館へ調べに行ったけど、なんだかそれを絵にすることは出来ないでいる。授業なんか受けててもちっとも面白くない。静穏がいま教わりたいのは、昔の人がなにをしたかじゃなくて、雲や水の表し方だ。
 チャイムが鳴った。終業の合図だ。これから清掃を終えて、放課後になれば部活動が始まる。静穏は一応美術部に所属していたが、幽霊部員だ。起き上がって梯子をかんかんと下る。清掃だけは参加しないと、生活指導の先生がうるさい。
 教室に戻ると「鷹島まーたどっか行ってぇ」とクラスメイトに笑われながら雑巾を渡された。さぼってたんだから雑巾がけはお前の役目、と言わんばかりに。
 別にいいけどね、掃除、嫌いじゃないし。受け取って「寝てた」と適当に答えた。
「そういや鷹島、さっき四時間目の休み時間に別のクラスの子探しとったよ」
「おれを?」
「ん、鷹島くんおるかーて。おらーんて言うたら、また放課後来るて。女子やったぞ。ほら、えーと二組の、ショートカットの子」
「髪短い女子なんかいっぱいいて分かんないよ」
「陸上部の。あれ、バレー部やったかな」
「ますます分かんね」
 とは言いつつ、なんとなくあの子かな、という憶測があった。廊下ですれ違うと、絶対に目を合わせてくる奴がいる。強気なまなざしで、ぎっと見てくる。その子が校庭で走っている姿は屋上から何度か見ていた。フォームが綺麗だな、となんだか思った。短距離選手らしく、ふくらはぎが引き締まって動力を備えている感じの。
 でも名前は知らない。雑巾をぎゅっとしぼって教室の床をきゅ、きゅ、と磨いていく。そんなに丁寧にやらんでもええよ、と言われたことがあるが、拭き掃除を寺の小僧のようにだーっと駆けてやったりはしない。少なくとも自分は。
 あらかた磨き終わると同時に二十分間の清掃終了を告げる音楽が鳴る。雑巾を絞りなおして汚水を流し、手を洗っているとくだんの女子が来た。
「鷹島くん、おる?」
 水道から振り返るとねめつけるような目が合った。
「ちょっとええか?」
「なに?」
「ここじゃあれやし、中庭の方とか」
「ならちょっと待ってて。鞄取って来る。そのまま帰るから」
「もう? 部活は?」
「今日は用事あるんだ」
 今日もやろ、と傍で話を聞いていたクラスメイトに突っ込まれた。にやにやと意味ありげな顔に「おれは忙しいんだよ」と告げて、頭を小突く。
 中庭には小さな池と、銅像が建てられている。二宮金次郎像ではない。「はばたく」というタイトルで、少女がダンスをしているかのような銅像だ。これはなんとなく作れるような気がする、という予感がある。いまじゃないけど、そのうちいつか。自分はおそらく造形できる。
 では、この満々と水を湛えた池は?
 池の淵に腰かけると、呼び出し主も隣に腰かけた。名前、なんだっけ。
「鷹島くんて、なんや変わっとるよな」と言った。
「授業平気でさぼって、掃除だけはちゃんと真面目やし、部活いかんと放課後に先生質問攻めにしとる思ったら、堤防沿いを自転車こぎまくってたり」
「自転車漕いでるとこ見たの?」
「うち、部活引退してからも走っとるから」
「そう」
 何を話題にしたいのかが掴めず、曖昧に相槌を打つ。変わってるからどういうことだろう。授業に出ていないことでこの子に弊害でも起こっているのか。
 名前の知らぬ彼女は唐突に立ち上がり、「あー、もう」と苛立ちをあらわにしてびっくりした。
「こんなんうちのやり方ちゃうわ。こんなまどろっこしいねん。単刀直入にいうな。鷹島くん、うちと付き合うて」
「……」不意を突かれた。
「好きな人とか、付き合うてる人とかおらんのやったら、やけど」
 彼女の顔は、やっぱり強気だった。いつも廊下ですれ違うたびに目を見てくる、試合に臨むかのような目。闘志が漲っている。この子の身体もそうだろうな、と思った。駆動に長けた、しなやかで機敏な身体。
 人と付き合ったら、もっとうまく描けるようになるだろうか。あるいは、何かの形に出来たり。
「――いいよ」
「え?」
「え、ってなんだよ。言ってきたのはそっちだよ」
「いや、こんなあっさりOKもらえると思わんかったから……」
「あなたの話じゃおれは変わってるらしいんだけど、そんなんでいいわけ?」
「あー、うち完璧誘導間違えたよなあ。変わっててええっていうか、鷹島くんフツーにかっこええやん」
「そうかな」変わっててフツーってなんだろう。
「あー、よかった。受験前に言えて。うちらこれから受験なんな、こんまんま卒業したらかなわん思てた。ほな、よろしくな」
「うん、こちらこそ」
 名前を知らないまんまだと気付いた。
「いまさらだけど名前聞いていい?」
「うちの名前知らんの? 知らんのにOKしたわけ?」
「廊下でよく目を合わせてきたり、グラウンドで走ってるところは知ってたから」
「それはちょっと恥ずかしいな。名前な。××××いうねん」
「――え?」
 聞き取れなかった。
「なんかごめん、うまく聞き取れなかった。もう一回言ってくれる?」
「なんか恥ずかしいなあ。だからー、×サキ××コ」
 なんだろう。急に耳に虫が入って暴れているかのように音が聞こえない。というよりは、聴こえているのだけど彼女の名前だけが虫食いで理解できない。
 なんだろう、これは。
「な、家の電話番号聞いてええ?」彼女はメモ帳とペンを取り出した。
「ああ、うん。……いいよ。あなたのも教えて。名前、一緒に書いといて」
「電話してくれる?」
「……うん、いいよ」
「嬉しい」
 そして彼女はメモ帳に自分の名前と自宅の電話番号を記したメモを寄越した。それで彼女の名前を読もうとしたが、これも目の一部に穴が空いてしまったかのように判別つかない。
 これはなんだ?
「ふふ、嬉しいなあ。ドキドキしっぱなしねん、な。鷹島くんのこと、名前で呼んでええ?」
「いいよ……」
「うちのことも好きに呼んでよ。あ、でも、鷹島くんの言う『あなた』もなんや大人びててええな」
「そう、」
 そして自分が彼女に対して全くドキドキしていないことに気付いた。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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