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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「……キス、しませんか?」
 指を舌で押し出し、そう訴える。間近で見る鴇田の目の黒さにはいつも新鮮な驚きが湧く。瞳孔が開きすぎていて吸い込まれそうに思う。暗い中で暖よりもっといろんなものを見ていそうな、視細胞の多さを物語るかのような目。
「……あんまり強烈な台詞で誘わないでください」
「だめ? しない? 難しい?」
「いえ、……初心者なので刺激が強いと僕は困ります」
「おれだって心臓がもちませんよ。すごく焦りながら誘ってる」
「嘘つき」
「本当だってば」
 吐息が混ざり、混ざったものを飲み込むようにして唇を合わせる。久しぶりの口唇は弾力と柔らかさが気持ちよくて、うっとりと目を閉じた。舌を潜り込ませると同じ動きで鴇田も舌を差し出してきた。ざらざらとこすり合わせて歯も付け根も全部舐める。垂れた唾液はどちらのものか分からず、鴇田の顎から首筋を伝っていく。
 それを名残惜しく追いかけ、舌を這わす。暖の頬から耳を心地よく包んでいたてのひらに力がこもり、外された。
「……やっぱりだめ? 嫌?」
「なんていうか三倉さんばっかりものすごく慣れていて、僕はよく知らないので……ぞわぞわするし、落ち着きません」
「そんなに気にすることないんだけど、……いや、そういうのを気にするのが鴇田さんですね」
 鴇田に笑ってみせる。経験値の差なんて全くたいしたことではない。むしろこちらとしては鴇田のまるごとをそっくり貰っているので、同じものを返せないのが申し訳ないような気持ちだったり、やっぱり嬉しかったりするのだけど。
「ああ、分かった。確かにおれも男同士ははじめてだし、痛いような思いはしたくない。勉強しますか」
「勉強?」
「このご時世は色々と便利で学習も思い立ったときに出来ちゃうね。けしからん世の中です」
 ズボンのポケットに突っ込みっぱなしだったスマートフォンを取り出す。壁に背をもたせ、ベッドの上で鴇田と並んで座り直した。検索サイトを引っ張り出し、試しに「セックス 動画 男同士」と打ち込んで検索をかける。たちまちありとあらゆる動画サイトが示された。いかにもなタイトルのものが並ぶ。
 トップに表示されたものを開けてみる。パッと表示されたのはAVの広告だった。巨乳の女性の乳房の間にモザイクのかかった男性器があり、淫猥な文章で誘導を示す。男同士で検索しても女の子の裸なんか出てきちゃうんだなあ、と不思議な気持ちになる。
 スクロールしてもしてもアダルトな広告で、思うように学習の出来そうな動画にはなかなか行きつかなかった。無料で学ぼうとするとこうなるなと思いながら、それでもかろうじて動画を辿る。再生してみるといきなり大声で男の喘ぎ声がして慌てて音量を落とす。
 うわー、と引いてしまうような内容だった。さすが作り物、という感じ。なかなかに鍛えた体躯の男性にはレザーの首輪と手錠がかけられ、細長いおもちゃを突っ込まれ、ローションまみれの性器を刺激されてやたらと声がうるさい。
 さすがにこれはと思って隣を窺うと、鴇田は完全に身を硬くして血の気の失せた顔をしている。動画の再生を止めてスマートフォンをベッドの端に放り、男の二の腕をそっと擦った。
「いきなりごめん。大丈夫ですか?」
 鴇田は自身の手で口元を押さえた。
「うわ、大丈夫? 吐く?」
「……大丈夫です、すみません」
「大丈夫じゃないでしょう。おれの前で無理はやめてください。ええと、水持ってこようか。というか、離れた方がいいよね」
 そう言って鴇田の隣からキッチンへ向かおうとすると、手首をしっかりと掴まれた。
「大丈夫だから傍にいてください」
「……触れる距離で大丈夫?」
「隣に、」
 さっきまでいた場所を示される。大人しく座ったが、暖から触れることは躊躇われた。
 鴇田はもはや頭を抱えている。戸惑いながらも「水飲みますか?」と再び訊ねる。弱々しい声で「昔から」と返事があった。
「……むらっけがあって。人を許せるような気分になるときと、どうしても許せないとき。そういうときは、例えば相撲やラグビーの試合の映像見るだけでだめで」
「あー、……なるほど」少し分かるような気がした。裸に近いような格好で大した武装もせずに身ひとつで相手にぶつかっていく。ただしそこにあるのは闘志のはずで、いまみたいに性欲からではない。……相手を征服してやろうという気持ちはあるのかもしれなくて、そういう目で見れば鴇田のようなタイプには辛いのかもしれない。
「映画やドラマのラブシーンも辛い。両親にすら嫌悪感が湧いた時期があります」
「……そっか。安易で申し訳なかった」
「謝らないでください。思春期の妙な潔癖が長引いてるみたいな感じで、前よりはずっと楽になってるんです。それに前、あなたに触れたのは嫌なことじゃなかった。……いまのはびっくりしたし、ああいうのをあなたとしたいとは思わないんですけど」
「いや、いまのはね」暖だってめちゃくちゃ引いた。「おれだってしたくないしされたくもないですよ。したこともない」
「……すみません。触れたくないわけじゃないんです」
「いや、おれこそあなたの、触れたいけど触れられない、もしくは触れることに嫌悪があるっていう性質をちゃんと理解してるつもりで全く理解してないんだなってことを思い知った。反省してる。ごめん」
 触れてごまかすみたいなことは、近い関係ならば度々ある。慰めに背に触れたり、握手をしたり。けれどいつもきちんと距離を図らないといけないと思い知らされた。鴇田に対しては常に慎重に気遣って触れる。それがマナーなのだ。
 そっと「触りますよ」と言い、頷いてもらえたので背に手をまわして申し訳なく丸まっている背を撫でた。ただ鴇田に愛情が伝わりますようにと祈る。
 ふと視界にミュージックプレイヤーが映った。先ほどまで聴いていた音楽が停止を免れてまだ再生されている。イヤフォンを取り、鴇田に片方を渡した。片方を自分の耳に当てる。鴇田もイヤフォンを嵌めた。
「――あ、まだタンゴか」
「ループで聴いていたので。……変えましょうか」
「あなたの音源とかないの?」
「ああ、ありますよ。伊丹さんちで録ったのが」
 冗談で訊いたつもりだったので答えに驚く。「小学生のころのやつですけど」と鴇田はプレイヤーを操作する。
「これかな」
 そう言って耳からタンゴのリズムが消える。代わりに流れてきたのは小さな子どもの声だった。


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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