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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「高校の頃の初恋は叶わなかったんです。初恋ってそういうもんだし、思い出は大事なものをもらったので、それを大事にして大学で頑張ろうと思って。女の子と付きあったりも楽しかった。でも大学でいちばん好きになった人はよりによって結婚して子どももいる大学教授でした。彫刻科の准教授で、木彫が専門でした。娘さんを溺愛してて」
「……」暖も日瀧も相槌を忘れる。
「僕はその先生のことが本当に好きで、ぶっちゃけ触ってみたくてたまんなくて。腕が逞しくてすごく好きだった。好きだってたくさん言ったけど、相手にはしてもらえませんでした。家族のことがいちばん大事だったんですよね。そのまま卒業して、……だから鴇田さんの好きな人が既婚者って聞いて、なんとなく同情を覚えたというか。ほっとけない気持ちになったと言いますか」
「……もうその教授のことは吹っ切れた?」
「んー、まだ好きな部分があるし、こんなにいーオトコ振ってどいつもこいつもこのやろーって気持ちもあるし、複雑です。でも新しい生活になって薄れては来てます。いまはまた恋がしたいなあって思います。心から好きな人に好きなだけ触りたい。そういうことを堂々とし合える人と恋がしたい。鴇田さんにもそういう思いして欲しいなあって思うんですよ。既婚者好きになって不倫に陥るとかそういう泥沼だけはやめて欲しいなって。そうなっちゃってもいい気持ちってのは分かるんですけど、やっぱり苦しいから、どっちも」
 耳の痛い話に苦笑するしかない。ただ、暖はけじめをつけた。鴇田のことを第一優先で考えたいがための離婚ではなかったけれど、このままでは先がないからと思考し行動した結果がいまだ。
「あなたにそういう人が現れるといいね」とコメントする。
「どうも年上に弱いらしくて。でもそういう人って大体結婚してるか僕に興味がないかのどっちかなんで困るんです。三倉さんは結婚されてるんですか? 指輪してませんけど」
 と、目ざとく指摘される。日瀧が険しい目で「詳細は省け」と無言で告げる。
「独身ですよ」
「あー、そうなんですか。ちょっと意外でした。なんか結婚して家庭のある人特有の安定感というか、安心できる感じを受けるので。満足している感じっていうか。あ、分かった。結婚されてなくてもいい人いますね」
 鋭い指摘に笑うしかなかった。
「ならDVD見ます? いい人いるなら必要ないって思うかもしれませんけど、けっこう参考になりますよ。こういうやり方もあるんだって新鮮な気持ちになったり」
「やめとけよ」
 と日瀧が蚊の鳴くような声で抗議する。彼は心中色々と落ち着かないようで、疲弊して机に突っ伏している。日を改めてなにか奢ろうと心に決める。
「借りてみようかな」
「お。どれにします?」
「あなたのおすすめを」
 やめてくれよ、と日瀧はかろうじて声を上げる。なにか想像を巡らせたかもしれない。結局三つのDVDのどれもいいと言って、三枚が暖の鞄に収まった。


 旅先の天気予報をチェックしていると電話が鳴った。鴇田からで、明日からの旅行の確認かなと思って出る。もう午前零時に近い時刻だ。明日に備えてとっくに休んでいるだろうと思っていたので、意外だった。
「――どうしました? 気になることでもあった?」
『……』
 鴇田は答えない。電話をかけておいて黙っているとはどういうことだろう。しばらくしてためらいがちに『声が聞きたくなって』と聞こえた。
 そうは思えないような陰鬱に沈んだ声だ。「なにかあった?」と訊ねるも、やはり沈黙している。
「鴇田さん?」
『……明日には会えるんですよね』
「うん?」
 明日には会えると浮かれるよりは、慎重に確認し直す声音だった。やはりなにかあったのではないか、いまからそちらへ行こうか、と言おうとする前に、鴇田は『夜遅くにすいませんでした』と言う。
『また明日』
 おやすみなさい、で不可解な電話は切れた。



 移動は飛行機で大きく移動してからはこまこまとレンタカー中心で行う。国内便で空港から地方空港へ。予約しておいたレンタカーに乗り込んでまずは最大の目的地であるI大社へ向かう。車の運転は交代だが、まずは鴇田がハンドルを握った。そういえばこうやってお互いの運転でどこかへ出かけたことがない。鴇田の運転は正確で判断が早く、安心安全な乗り心地というよりは、車という機械に対するきちんとした技術を備えている運転という感じがした。車の一番走りたがっている速度を知っている感覚。ピアノが一番音を出せる弾き方を知っているのと似ているような。
 途中、汽水湖の脇を通った。広い湖には船が出ている。海であるかのような雰囲気の隣を抜け、ひたすら西に向かう。I大社付近の駐車場に車を停め、参拝からはじめることにした。
「なんでIなんですか?」と訊ねる。旅の行き先の提案は鴇田からだった。鴇田は「なんとなく」と答えた。
「母方の祖父母の出身はこっちだったらしいんですけど、もう家はないし縁があるわけではないです。ただ、遠くに来てみたかったというか」
「てっきりパワースポットとか縁結びに興味があるんだと思ってました。意外だなって」I大社の周辺には寺社が非常に多い。古来から神々と由来があるとされ、パワースポットも縁結びもひっくるめて御社がひしめき合っている。
「そういうのはあまり」そう言って前方を見据える。御社の背後に山をいただいていた。いま歩いているのは海岸へ続く道だ。参拝するならまずは浜から歩いてくる、といういわれに倣っている。「でも、あの山は禁足地ですよね。人の手の入らない場所がこの国にも存在するんだな、っていうのを、なんていうのか、見てみたかったんです」
「かなり荒れている風に見えますね、あの山。前に杣の人の話を聞いたことがあるんだけど」
「ソマ?」
「ざっくり言ってしまえばきこりみたいな仕事の人のことかな。その人が言うには、森や山っていうのは人の手が入らないと荒れるんだそうです。木の成長を促すために下草を刈ったり、間伐をしたり。そうやって整えて森のサイクルを綺麗にしないとだめなんだって。あの山はそんな感じじゃないですね。本当に人が入らないんだろうなあ」
 木はおどろおどろしいほどに繁り、倒木も見えた。それすらも放置されている。荒れくれたこれを神域とするのかと驚きがある。もしくは荒れているからこその神域か。
 曇天かと思えば時折晴れ、かと思えば雨が混じる。読みづらい天候の中を進むと浜が見えた。地平まで水が広がる、今度こそ本当の海だ。岩壁に据えられたちいさな社に参拝して、来た道とは違う道を通って本殿へと向かう。途中の家々には揃いの竹筒が下げられ、季節の花が家主のセンスで活けられていた。それを写真に収める。
 持参していたのはコンパクトデジタルカメラだった。日頃は仕事で使うためにレンズの重い一眼レフを持ち歩くが、旅先までそんなものを持って来るほど熱心ではない。それよりもある程度軽くて防水が効いて撮りたいときにさっと構えられるコンデジが便利だ。ポケットから出したり仕舞ったりで好きに歩く。
 三つある鳥居を一から丁寧にくぐり、本殿に参拝した。広い境内だが歩く人はさほど多くはなかった。門前で蕎麦を食べて腹を満たし、もうすこし歩こうかというころに雨が降ってきたので車へ戻った。これからどうしようか。もう宿へ向かってしまうか、それとも車移動であちこちしてみるか。地図と天気予報を見比べて静かに検討している鴇田の、額に、そっと手を伸ばす。
 びくりと身体がこわばる。指は額に触れなかった。雨がボンネットを叩き、窓ガラスを叩き、ばらばらと音を立てている。
「大人しいですね」
「……」
「というか、元気がないですね。楽しくない? 移動で疲れた?」
 触れずにさまよっている手をそっと近づけても、やんわりと制された。拒絶、と瞬間的に思う。
「……宿に行きましょうか。今日これからもっと降るみたいな予報です」
 暖の問いかけには答えず、距離を濁したまま鴇田は車を発進させた。静かに動く最新型のレンタカー。それでも軋むような心地の悪さが足元から這い上っていた。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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