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 店に入りがけ、日瀧の姿を見かけた。相手も気づいたので軽く手を挙げて挨拶をする。また来てんだな、と暖は嫉妬混じりの微笑ましさを奥歯で噛みしめる。よっぽど店が好きか、ピアノが好きか、音楽が好きか、鴇田が好きか。――そのどれもか。
 だが日瀧の方は慌てていた。連れがいたようだと分かったのは日瀧が傍にいた長髪の男になにやらひと言ふた言断ってこちらへ小走りにやって来たときだった。
「――いまはまずいです。おれも店にと思って来たんですが、さっきそこで会社の同期にたまたま出くわしちゃって」
「あ、鴇田さんのピアノのこと知らない人?」
「そうです。悪いやつじゃないんですけど、やかましいやつなんで、鴇田さんのことは内緒にしておくべきなんです。……今夜出番ありますよね、鴇田さん」
「うん」だから仕事帰りに来たのだ。
「おれ今夜はこの店諦めてあいつをなんとか撒きます。三倉さんは知らないふりで」
「あなたもなかなか苦労人だな」
 苦笑しつつ暖はそれじゃあと店に単独で入ろうとする。が、日瀧と離れるより先に「ヒタキくんのお知り合いですかー?」と長髪の男が人懐こく近寄って来た。
 日瀧がしどろもどろになるのが分かった。暖はとっさに笑みを作る。
「ええ、というよりは鴇田さんとプライベートで仲良くしてます。三倉と申します」
「あー、鴇田さんのお友達なんですね。鴇田さんにはお世話になっています。会社の後輩の西川と言います」
 西川、という人物については以前すこし言及があったように記憶している。日瀧は慌てながらも「いいから行こうぜ、西川さん」と言う。
「いいじゃん。おひとりならよければご一緒しませんか? これからどっかで飲もうかって思ってて、――ああ、この店。ジャズバーなんだっけ? いいじゃーん。こういうところで飲んでみたかったんだよね」
「いや、ここだめだから!」店に入れば鴇田がピアノを弾いていることは一発で分かる。日瀧は懸命に水際対策を試みる。
「なんで?」
「ここ料理まずいし、わりに高いし、店員の態度も悪いし」
 おいおいと思ったが、曖昧な顔で黙っていた。
「あ、そうなの? でも三倉さんは?」
「あー」もう腹を括った。鴇田には申し訳ないが、行けたら行くぐらいの約束で必ずしも果たさなくていい。「よければ駅前出ませんか? 創作和食のいい飲み屋があるんですよ。旬の魚が美味くてね」
「へえ、いいな。一緒でいいですか?」
「いや、三倉さんは付きあう必要ありませんよ」と日瀧が庇ってくれる。
「鴇田さんいまアパートかなあ。呼んでみる? どうせならみんなで」と西川。
「いえね、予定があるみたいで僕も振られちゃったんですよ。ひとりでどうしようか考えあぐねていたところです。面識のない部外者で構わなければ、こういう縁もあるということで飲みませんか?」
 日瀧はそれでも申し訳なさそうな顔でこちらを見たが、西川は気づかないようで「わー僕そういうの大歓迎」と屈託なく笑った。
「ぜひ今夜はご一緒に」
「では移動しましょうか」
「西川さん、鴇田さんの……知り合い相手に失礼こくなよ。ぜってー調子乗んなよ」
「わーヒタキくんこわーい。緊張してんの?」
 やいのやいのと若者ふたりは賑やかだった。ぞろぞろと駅前まで移動し、あたりをつけていた店に入る。賑やかな雰囲気のよくある居酒屋で、日本酒の揃えがいいのと海鮮を出すわりに安いのが自慢だ。テーブル席に暖と向かいで日瀧と西川が座る。西川はメニューの豊富さに嬉しそうで、とりあえずと言ってビールを注文した。飲めない日瀧だけ烏龍茶だ。
「鴇田さんのプライベートってどんな感じなんですか?」と適当に食事と会話をこなしたころに西川に訊ねられた。西川の隣で日瀧が目だけきつくする。余計なことは喋らない方がいい、の合図だと受け取る。
「仕事と変わらないんじゃないかな。寡黙がちだけど、きちんと受け応えしてくれる。ひとつひとつに誠意があるっていうか」
「あー分かります。鴇田さんってそーなんですよねえ。真面目っていうか、ちゃんとしてるっていうか、ないがしろにしないっていうか。おせっかいとか世話焼きとはまた全然違うんですよね。でもよく見ててくれてるなあって思うんですよ。あと反射神経のよさ」
「へえ?」
「とっさに身体を動かせるって意味だけじゃなくて、判断の早さとか? 正確って感じ。ヒタキくんの方が仕事よく組んでるから分かるっしょ」
「西川さんに比べりゃ誰だって反射神経いいよ。おれだっていいもん」
「ひどいなー。あのねえ、いまは僕の話でもなくてキミの話でもなくて鴇田さんの話したいの!」
 ぐびぐびと早いピッチで西川は飲みながら答える。隣の日瀧ははらはらしっぱなしのようで、必死で話題をそらそうとしている。ちょっと気の毒なぐらいだった。
「三倉さんは鴇田さんの好きな人の話とか、聞いてます?」
 竜田揚げを頬張って、西川は質問をやめない。日瀧が小さな声で「やめとけよ」と制したが、「だあってさー」と西川は気にしない。
「いえ、知らないこともないですけど、詳しくはねえ」と笑みを張り付けて答える。まさか関係者ですとは言えない。
「あー、じゃあ一応はご存知なんですね。あのあとどうなったかは知ってるんですか?」
「あのあと?」
「鴇田さんの好きな人は結婚してて、好きで辛いって何度も伝えてる、のあと。進展? 後退なのかな。分かんないんですけど」
「なあ、本人いないところで話すんのやめよーぜ。探ってるみたいでなんか嫌だ」と日瀧は気が気でない。
「だって鴇田さん飲みに誘ってくんないし。誘っても断られるし。最近ささっと帰るようになったから、なにかあんのかな?」
「そりゃ仕事終わればプライベートで色々あんだろ。あとは西川さんが疎ましがられてるだけなんじゃね?」
「うるさいなあ。なに自分だけいい後輩ぶってんの?」
 あれこれ言いあうふたりを見て、あーなるほどな、と思っていた。聞いた話を照らしあわせるなら彼らの年齢差は四歳ほど。それでもくだけた口調で遠慮なく話す若者らは、やはり「気があう」のだろうと察した。
「鴇田さんの恋は鴇田さんが決着つけるんだろうから、おれらには関係ないだろ? ほっといてやれよ」
「こういうときは関係のない第三者の存在が染みたりすんだよ。あーあ、これだから恋愛経験値のないDTくんは」
「ちょっとそれ言う? こういうところで言うあんたって本当に無神経だからな!」
 それでまたちょっとした言いあいになり、結局のところ日瀧は西川を許すし(呆れているのだと思うが)、西川も日瀧に甘える。不思議な関係だなと思って眺めていると、いきなり西川はふんぞりかえって「カバンの中に三枚」と言った。
「とっておきを見繕って来たから、これでお勉強しなさい」
「ここでやんのやめろよ、三倉さん引いてるだろ」
「いや、引くっていうか、話についていってないんだけど、……なにが三枚?」
「アダルトビデオです。AV。男女、レズ、ゲイと、あらゆる想定を網羅しています。初心者のヒタキくんのために、ソフトなイチャラブにしといたよ」
 にっこりと笑いながら西川はカバンからそれらを取り出そうとするので、日瀧が止めた。
 苦笑しつつ、ゲイビデオを持っている辺りに反応せざるを得なかった。先日来まさに暖が気になって真剣に検討しているもの。「なんでそんなの持ってるんだ」と軽く流しつつ、情報を引き出そうと格闘する。
「ヒタキくんのお勉強用AVです。僕のコレクションの中から厳選したのを貸しますよ、っていう約束で」
「言っとくけどそれ無理やりの押し付けだからな! そもそも相手がいねーんだから放っておけよ!」日瀧が恥ずかしさで顔を赤くしながら西川に抗議する。
「コレクションって、同性愛のものまで個人所有で?」
「あー、僕はどっちもいけるので」
 西川のその告白には暖よりも日瀧の方が驚いていた。初耳だったらしい。
「あれ? 高校の頃に好きだった先生の話したよね?」
「聞いてる。風紀顧問の先生の話だろ。でもあれ、女の先生なんじゃ」
「いや、男オトコ。そうだなー、感じとしては三倉さんぐらいの年齢の人でした」
 懐かしんでいるのか、西川は清々しく笑った。
「女の子とも付きあったし、どっちもいいんだよね。男女とか性差関係なく気持ちよさそうなセックスしてるの見るのが好きなんです――あ、ふたりで見るのがね。だから厳選DVDなら揃ってますよ」
「いまそういう相手がいるんだ?」
「いえ、残念なことにいないんですよー。高校のころの初恋もそうだったけど、なんていうか僕はあんまり恋が報われたことがなくて。お付きあいはそれなりにしてるんですけど、本当に好きな人とじゃなかった、みたいな」
 一変、今度は淋しそうに笑う。「聞かせてよ」と言うと、西川は照れ臭そうに日本酒を口にした。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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