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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「なに……」
「ピアノみたいに触ればいいって言われたから」
 そっけなく言って、鴇田は左手を動かした。指がばらばらと暖の腹の上で跳ねる。なめらかに滑る。小指に思わぬ力強さを感じて驚いた。
「――なんの曲?」
「Ribbon In The Sky」
「知らないな」
「有名な曲です。イントロとボーカル聴いたらきっと分かりますよ。僕らの愛のため――」
「え?」
「愛のためのリボンが空にかかってるよ、っていう歌詞です」
「……ずいぶん口説くね」
「三倉さんがはじめて弾くピアノだったとしたら、はじめはこの曲を弾きたい」
 暖に絡んでいるはずの右手も、いつの間にか連動して動いている。音はしないのに、ゆったりとメロディーが流れているかのような錯覚があった。こんな嵐の日に、こんなに充足して満ち足りている。
 なにかトリルめいた指遣いで、鴇田の音楽は止まった。深いため息が肌に触れる。
「今度店で弾いてよ」
「うん」
「ん?」
「ここ、」とん、と鴇田は小指の腹で脇腹に触れた。かすった、という程度だったが、暖は息を詰めた。「――に触ると、身体がかたくなる」
「……くすぐったいんだよ」
「ここは?」反対側の脇腹だった。
「……くすぐったい」
「ここ」
「うん」
「ここ」
 転々と指で身体のかたちを辿られた。くすぐったさに奥歯を噛んで口を閉ざしていると、指で触れた場所を舐められた。息が詰まり、つい力が入る。鴇田はもう迷わなかった。こわばりが緊張や萎縮からではないと、本能で分かりはじめている。
 鴇田が触れたいと思う場所へ、手や舌はあちこちに這った。いつか暖のことを好奇心のかたまりと表現していたが、いま鴇田がまさにそうなのだと思う。暖の身体に全身で耳をすまして、反応を窺い、痛覚には一切触れない手加減で、暖の身体をまさぐった。いつの間にか暖は汗を浮かせ、鴇田に性器や周辺を刺激されている。
「――っ、ん……」
 性器に直接触れられるよりも、太腿の付け根の内側を舐められる方が感じた。身体の内側の皮膚を裏返して外気に触れさせたような、寒気に似た過敏な快楽が走る。その方が暖が興奮するのだと分かってから、鴇田はなかなか性器へと触れなかった。骨盤の浮き出た皮膚や、臀部に近い腰、硬く張る腿や、そういう弱いところばかり弄られた。足首を取られふくらはぎの終わりを吸われたときは、背筋に走った微弱な電流が確かに回路をつなげた、と自覚した。
「……前に田代が、鴇田さんは勘がいいんだって、言ってて」
 くるぶしに唇をつけられて震えた。
「よく分からないですけど、機械操作の覚えは早い方です」
「……なんかそういうの、理解した気分、」
「三倉さんはマシンではありませんよ」
 抗議のようにふくらはぎを舐め上げられ、終わりに歯を立てられた。
「――ん、うん、」
 膝の内側にも舌が這わされる。もう声を抑えることは難しかった。妻と一緒に断ち切ってしまったコードが、瞬時につなぎ直される。それでも一向に性器に触れられないことに焦れて自らそこに触れると、自分のものだと思えないぐらいに熱く漲って硬く、あろうことか先走りで濡れていた。
 その手の上から、鴇田の手が巻きつく。自慰と同じリズムで、しかし違う力強さでしごかれ、念願の刺激に暖は観念して目をきつく閉じた。
「あ、……あぁ……っ」
 目蓋の裏がちかちかと明滅している。じっとりと汗ばんだ肌を恥ずかしいと思った。ふたりの手の間から漏れる卑猥な水音がいたたまれず、身を捩ってこらえるも無駄な足掻きで、やたらとシーツを蹴るだけだった。
「ん、……もう、出る、」
 坂を駆け下っているみたいだった。自分の手でしごいているのに、鴇田の手が絡むから別物で刺激されている。子どもみたいに無邪気な一途さで、鴇田の手をたっぷりと汚して吐精する。ただ出しただけなのに全身ぐったりして、充実感と疲労感で動けなかった。
「う……」
 汚れた暖と自身の手を、鴇田は舐めた。熱心に精液を取り込む。指の股まで舐められて奥歯ががちがち鳴った。まだ冷めない熱が渦巻いていて、それを見透かした鴇田は、思い切り身体をずらして暖の腰を抱えた。
 放出でやわらかくなった性器の裏に、鴇田の性器があてがわれる。硬く反り返り、熱をともして、暖の性器とひとまとめにまた握り込まれた。
「待って鴇田さん、」
「待たない。……もっと出来る」
 鴇田が腰を揺すった。裏側に当たる熱で力をなくしていた性器がみるみる膨らんだ。出したからもういじりたくないのに、回路の繋がった身体は貪欲に快楽を貪ろうとする。鴇田の長い性器に合わせて扱かれるから、自分でするのと違うストロークがたまらなかった。先端の小さな穴をにじられて、また喉から悲鳴が漏れる。
「あ、だめだ、……また、――鴇田さん、」
「うん……」
 鴇田の手のスピードが早まる。ぐちぐちとふたり分の先走りで濡れて、臀部に力が入る。鴇田が低く呻き、ほぼ同時に暖もうすく精を吐いた。全身でわななき、整わないうちに鴇田が倒れてきた。
「はっ……」
 ひときわ大きく吸い、吐き、荒い呼吸を整えるさなかでキスをした。唾液がこぼれても気にしない。唇を吸い、目を合わせて見合い、鴇田はがくりと首を折って暖の肩に顔を落とした。
「――気持ちよかったですか」
 声に含まれた湿度に胸が絞られた。返事の代わりに背をぽんぽんと叩く。鴇田は苦しげに呻き、「気持ちがよかった」と言った。
「……嫌じゃなかった?」
「いえ、全然。……あんなに誰かに触れることは怖いことだったんですが」
「克服かな」
「違うと思う……離れればまた怖くなる気がします」
 鴇田は目元を暖の肩口に押し付けた。指を絡ませ、嵌まったままの指輪をなぞる。
「あんたを帰さなきゃいけない」
「……」
「分かってても、どこにも行ってほしくない」
「……うん、」
「ずっと嵐だったらいい……あんたの言う通りだ。後悔はないのに、もう辛い」
 轟々とやまない風の音は、だがすこしずつ収まりつつあった。震え出した鴇田を強く抱きしめる。蒼生子への罪悪感はなかった。彼女と長年構築してきた愛情とは全く別の「情」で鴇田に触れたことを全く後悔せず、身体の中に矛盾もない。震える男が哀れでいとしくて暖は唇を寄せた。
 暖はもう苦しんでいない。心から澄んでいる。だから鴇田にも苦しんでほしくはなかったがそれは勝手な思いであることも承知していた。ひと晩の宿を幾晩も頼むわけにはいかない。いまはかりそめで、暖にもまた羞明をもたらす朝が降りてくる。逃げても日は昇る。
「あんたが好きです」
 至近距離で目を見て、鴇田はそう言った。
「僕はもう、それしか言えない」
 返事の代わりにまた唇を寄せる。短いキスで目を閉じた。狭いベッドで身を寄せ合って眠り、夜明け前に台風は去った。


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今日の一曲(別窓)


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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