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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「高校でまだ地元にいたころ、ちょっと遠くの文書館に調べ物があって行ったんだ」
 と三倉が食器を洗いながら言う。遠海はそれを隣で拭って仕舞う。
「電車で行ったんだよね。夏休みに。山がすぐそこに迫ってるような田舎町で、最寄駅は無人駅だった。ワンマン列車に乗ったの。駅からホームまでは地下通路潜らなきゃいけなくて、歩いてたんだけど、上りの階段にびっしりと枯れ葉が落ちてて」
「枯れ葉? 夏なのに?」
「な、そう思うよな。変だなと思いながら上がってて気づいたんだ。葉っぱじゃなくて蛾だった。羽のでかい茶色い蛾」
 思い出して気持ちが悪かったのか、隣でぶるりと身体を震わせた。ぷつぷつと鳥肌が立って毛が逆立っているのが傍にいるから分かる。
「大量発生したのに困って薬剤散布でもしたんだろうな。延々と蛾の死体を避けながら階段上ってホームまで行ったよ。あれ以来おれ、蛾はダメ。もー無理。ちょうちょも苦手」
「道理で」遠海は笑った。「夏場窓を開けるのを嫌がるな、とは思ってた」
「虫は大丈夫なんだよ。Gのやつだって華麗に処理出来る。でも蛾は無理なんだよなあ。網戸に張り付いてる裏っかわ見るとどんなにちっちゃいやつでも寒気がする。誘蛾灯ってあるじゃん。スーパーとかキャンプ場でばちばち言ってるやつ。あれはもー、恐怖。モスラが実際に双子の妖精で呼ばれた日なんか、どんなにいい蛾だろうが双子を呪うよ」
「じゃあ夏の夜や田舎は辛いですね」
「あの絵知ってる? 速水御舟の『炎舞』。多分、目にすれば見たことあるって思うんだ」
 きゅ、と水道を止めて三倉は手を拭う。思い描くような顔つきで「日本画で、炎に蛾が舞い込んで踊ってるみたいな絵」と言った。
「あ、国語便覧に載ってたかな。飛んで火に入る夏の虫、みたいな絵?」
「ああ、多分それ。あの絵見るとさ、ぞくぞくすんだよね。作者は焼かれてしまうのに炎にやって来る虫の浅はかさとか、はかなさとか、そういうものを描きたかったのかなって想像するんだけど、おれにはあの無人駅大量死骸事件以降、どうしてもこう、全ての蛾をこうやって駆逐せよ! って思えちゃって。火炎放射器ぶっ放す爽快感って言うのかな」
 皿を拭いながら笑ってしまった。
「死に際描かれてるみたいだなって。あのときの蛾もこうやって焼却しちゃいたい、みたいな。方々から怒られそうだからあんまり人には言わないけどね」
「感想なんて人それぞれなんですから、怒られはしないと思いますけど」
「こういう、ぞわぞわするけどスカッとするっていうのもASMRに定義されるのかな?」
「それはちょっと判断しかねますけど……」
 意外な苦手と性癖を知って面白かった。裏側のくすぐられると弱い部分をさらけ出された、という感覚。
 冷凍庫からレモンのスライスの乗ったシャーベットを取り出して、ひとつを三倉に渡す。
「鴇田さんはそういうのない?」
「苦手なもの?」
「というか、後ろめたいのにくせになっちゃうもの?」
 隣室に移り、ベッドの上で壁に背を預けてシャーベットの蓋をめくる。しばらくシャクシャクとシャーベットを口にして考えたが、思い浮かぶものはどうやってもひとつしかなかった。
「三倉さんかな……」
「おれ?」
「他人に距離を許すこと自体が嫌で、傍にいられると落ち着かないんですけど、結局境界を許すし、触りたいんですよね」
「ああ、」
 あなたはそうか、と三倉はレモンのスライスを大きな口を開けてひと口で食べてしまう。
「触る、触らせる、許す、許されるっていうことが、背徳」
「まあ、普段から誰にでも許せる距離じゃないよね。あなたの場合は、とりわけ境界が強固ではっきりしているし」
「この部屋にこんなにひっきりなしに同じ人が来ることはなかったし、ましてやそれを心地いいと思うようなことはなかった」
 三倉にだったら土足で踏み荒らされても喜んでしまいそうで怖い。その怖さまで気持ちいいと思える――紛れもない背徳。
「なんていうのか、あなたはさ。欲求が薄いように見えるんだよね。断絶しているっていうか、隔絶してるっていうか」
 残ったシャーベットを三倉は手の中でたださくさくとかき混ぜている。
「断絶?」
「おれのことを好きだって言ったり、いまみたいなことをさらっと口にするくせに、肉体は変化しません、知りません、みたいな」
「そうかな?」
「甘えたがるくせに、突き放してもぐずらないっていうのか。お利口さんで聞き分けのいい子。そういう子どもだったのかなって思うとき、よくあるよ」
「よくわからないですけど、そうだとしたら、やっぱり自己防衛なんだと思います」
「それ、前にも言ってたね」
「うん。欲求は口にしない。しても断られるならさっさと諦める。例えば手を繋ぎたくて手を伸ばしても、振り払われたら傷つくし、いざ触れても恐怖があったり逃げたくなったりするときもある。自分から触れたいと思うのにね。だから言わなかったり、諦めたり、誤魔化してたりしてたんですけど」
 溶けかかったシャーベッドをひと息に飲み干した。残った氷の粒を噛み砕く。三倉はまだシャーベットをかき混ぜている。
「欲求が消えるわけじゃないし、なくなるわけでもない。むしろろ過されて純粋なその成分だけになって固まってずっと胸に残ってるみたいな……それをあんたには粉々にされるんです。それはものすごく怖いことなのに気持ちがいい」
「……そういう、日ごろは要求が薄い人がさ、燃え盛ったりしてると、すごくクるよな」
 三倉は笑った。官能の混じる笑みだと分かった。混ぜていたシャーベットはすでに液体で、三倉はその甘ったるい砂糖水を口に含む。頬を取られ、キスをされた。甘露のような甘い水を舌で移されて、背筋が震えた。
「甘い?」
「……甘ったるい」
 試すような目で問われ、ぞくぞくする。全部。どこまでも。あなたに許します。脳内に掠めた言葉は、けれど口にしなかった。三倉の口を塞ぐ。三倉も体重をかけ、遠海の膝の上に乗りかかる。夢中でするキスにもうレモンが香らなくなっても、心地よさだけを求めてただ唇を押し付け合う。
 長い年月をかけて精製されていた遠海の胸のしこりは、こうやっていとも簡単に三倉に崩される。三倉のシャツの裾から手を入れると、三倉も同じように遠海のシャツの裾に手を掛けた。
 そのままめくられ、首を抜いて脱がされる。両腕にわだかまったシャツを腕から抜こうとすると、それをやんわりと制され、体重をかけて後ろに倒された。
「――三倉さん?」
「いつもは触ってくれって思ってるし、あんまり触られるのも嫌なのかなと思って実は遠慮してる」
「え?」
 馬乗りになった三倉は、遠海の腕の自由を奪うことでなにか嬉しそうな顔をする。
「でもおれだって触りたいんだよね。おれがいいって言うまで、今日はこのまんまね」
「あ、ちょ……」
 抗いはキスで封じられた。別に無理やり拘束されているわけではないし、ちょっと腕をよじれば簡単にシャツなど解ける。けれど三倉が望むからされるままになる。それに普段は感じない三倉からの圧を感じた。いつもなら遠海を受け入れようとしてくれている舌が、遠海を飲み込もうとしている。
 角度を変えて何度もくちづける、そのあいだに三倉の手があらぬ場所に這った。普段なら遠海を気遣ってしっかりと触れようとしないことを今日は試みているらしい。キスをしながら胸板をさわさわと撫でられ、鎖骨を辿られる。そのまま骨を手繰って肩の先から二の腕、一の腕へと指が下る。触れることを楽しむ三倉の感触が慣れず、やっぱりやめてくれと言おうか腕の拘束を解いて抵抗しようか迷う。
 迷うあいだに三倉のキスは遠海の唇を離れ、首筋へまわった。耳の後ろを舐められ、そのすぐ下をジッと噛んで吸われる。ねぶるように首筋を下り、鎖骨のくぼみに舌が這わされる。指は絶えず遠海の胸の先をくすぐり、もてあそび、ぷくりと膨れると、あっさりと指の腹で捏ねられてしまった。



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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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