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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「いい人、いないのか」と野菜をぺたぺたとひっくり返しながら田代は訊く。もう焼くものもあまりなく、腹もいいので、手持ち無沙汰にそうしているだけだと分かる。
「……三倉さん、お元気ですか?」
「お? おお、ダンか。知らねえなあ。最近全然連絡取ってない。鴇田の方が仲良くなってた雰囲気だったけど、おまえもか」
「記事はよく見るんですけどね」
「あー、そう? 集積所の方ってあおばタイムス取ってないから見てねーわ。まあ、元気なんじゃない? 新城といつまでも仲良くって感じでしょ、あそこは」
「アラキ?」
「あー、ダンの嫁さんの旧姓」
「……ご存知なんでしたっけ、そこ」
「あいつらとは大学のときから一緒だからな。あそこは長いよ。確か大学四年で付き合いはじめてるから、えーと、十四年? 十五年?」
「そうですか」十五年なら、出会って一年も経たない遠海が太刀打ちできる仲ではない。……考えてばかみたいだと思う。比べようがないのに比べている辺りが。
「ひとつの仲を保って行くのは難しいよな。会社でさえ毎年顔ぶれが変わるのに、夫婦は離婚か死別でもしないと変わらないもんなあ」
「……」
 自分で話題を振っておいて大いに落ち込む話になった。黙り込んでいると隣から「その新しい顔ぶれでーす」と声が割り込む。「烏龍茶のおかわりください、ふたつ」の別の声も続く。いつの間に近くのテーブルにいたのか、西川と日瀧が揃ってやって来た。
「センセーですよね。新人研修のときお世話になった西川アンド日瀧です」と西川がなつこく田代を呼んだ。
「覚えてるよ。なに、鴇田と同じ班の配属だっけ?」
「そうでーす。西川でーす。こっちが日瀧でーす」
「なんべんも言うなよ。分かってるわ」日瀧が突っ込む。西川はだいぶ酔っているようだった。
 烏龍茶が運ばれてくる。日瀧はひとつを自分に取り、ひとつを遠海に寄越した。遠海のグラスが終わりかけているのを見て頼んでくれたのだ。高卒採用とは思えない気遣いだと思った。
「そうか、じゃあありがたい新人っておまえらのことなんだな」と田代が笑った。ほっと息をついたのが分かった。
「そうでーす。ありがたいでーす」
「西川さん、あんた飲み過ぎだから」
「それよりもー、なんで僕を早く呼んでくれなかったんですか」
 西川が喚く。隣にいるとべたべたと触られそうな距離感で、酔っていると分かっているとはいえ嫌悪感がじわりと背中を這う。烏龍茶のグラスを持って田代の側に避難した。
「あーもう、鴇田さん行かないでっ」
「あんたが酔ってるから嫌がられてるんだよ。ほらもー、これ飲めよ」
 渡された烏龍茶をぐびぐび飲み、くたくたの身体で「だあって鴇田さんはさー」と西川はぼやく。
「なんか遠いんだよー。僕はねえ、淋しいです。仲良くなりたいんです」
「まあそれは鴇田のデフォルトだからしばらくは見守ってやって」と言ってから田代は遠海を見た。「違うか。おまえが見守る側だよな。新人に心配させてなにやってんだよ、先輩」
「特に心配はさせてないつもりですけど」
「ごはんいっつもゼリーで十秒チャージだし」
「あ、まだおまえそんなことしてんの? ばかだねー、そりゃ痩せるよ。仕事もたねぇだろうが」
「昼飯の後は大体事務作業しか残ってないので問題ないですよ。朝は食ってますし」
「夜は?」
「……適当に、」
「あほたれ。カロリーの需要と供給が合ってねえよ。社会の仕組みが崩れるぞ」
「消費と摂取じゃないんですか。なんですか、社会って」
「鴇田遠海って言う社会だよ」
「そうなんですよー。いいこと言いますよねー。そうなんですよねー」
 西川はもはや日瀧に身体を預けきり、それでも眉間にシワを寄せて遠海を心配する。
「さっきいい人うんぬんって聞こえて来たんで来ちゃいました。いい人いないんですか? このまんまじゃ鴇田さん、死にますよ」
「いい人と僕が死ぬことが結びつかないよ」
「だからー、鴇田さんの世話焼いてくれるいい人いないんですかーって。僕らが心配しててもいいんですけどー。でも僕らは所詮他人じゃないですかー。ただの後輩じゃないですかー」
「……」
「僕らは淋しいですよ。鴇田さんは喋らないけど仕事出来るかっけー人だから、尊敬の念を込めて、言うんです」
 好かれたな、と田代は笑いながらビールを口にする。なんとなく気まずく、西川の顔を見られない。決して誰にも告げるつもりのなかった胸の痞えを、晒してしまえばどうなる、という気になった。気まずさのまま烏龍茶を口にしてようやく顔を上げると、目が合ったのは西川ではなく、西川を支えている日瀧だった。日瀧の静かな眼差しが遠海をきちんと捉える。無愛想だが決して人が悪いわけではなく、むしろ全てを許せるようなおおらかさがあった。
 ――あなたのピアノ、好きですよ。
 頭の中できらっとフレーズがよみがえる。
 ――穏やかな春の海みたいだと思う。遠浅にどこまでもやわらかく透きとおっている、ぬるい温度の海。たまに激しいけれど、それも海のおおらかさなんだと思う。
 いつかそう言ってくれた男の台詞が鮮やかに脳内で再生された。忘れてしまえない。どうやってもなかったことにはならない。
 触りますよと言って触れられた時、あんなに嫌じゃなかったてのひらの感触のこととか。緑色の映画とか。触れていた膝頭とか。散々飲み明かした夜。眩しいと言って呻いた、涙の湿度でさえ。
 過ぎたことがこんなにも鮮やかに遠海の中に堆積している。
「――好きな人は、いるよ」と答えていた。目が合ったままの日瀧はそのままの表情で、西川が「ほらー」と言い、田代は「えっ?」と驚いていた。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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