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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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a disaster or any gifts



『この湿った風が山脈を越えることで水分が奪われ、乾いた熱風が日本海側の地域に吹き込んで気温が上がる現象をフェーン現象と呼びます。今日のY市ではこのフェーン現象が起こったと見られ、十一月ではありますが気温が三十五度を超えました。他にも日本海側の地域では各地で高温が観測され――』


 店休日ではあるのだが、休みゆえの特別な楽しみを行うのでよかったらと誘われた。昼間からやるという。仕事があるので行けないかも、と言ったのだが、「終わって顔出せたら出してみて。ちょうどいいかも」と言われた。
「ちょうどいい?」
「いちばん美味しいところを味わえるかもしれません。おしまいになってたらふたりで外飲みでもすればいいし。とにかく来てみてください」
 詳細は明かされなかった。ただ、普段店に出入りする一般客は呼んでいないという。そんな内輪の秘密めいた会合に顔なんか出していいものだろうかと思案したが、好奇心に逆らえない性格はいまにはじまったことではない。仕事を終えたのが午後六時過ぎ、それからまっすぐ店に向かう。これから向かう旨のメッセージは送ったが、既読にはならなかった。
 店に着くと案の定クローズの看板が掲げられ、店にはシャッターが下りていた。ただ中でなにかをやっている雰囲気はある。どこから入っていいものやら気後れしてうろうろしていると、背後から「あれ? みくらさん?」と呼び止められた。
 夫婦らしき男女が歩いてくる。男の方はやたらと高身長で明らかに日本人ではなく、女の方は膨らんだ腹をしていて、ふたりは歩調を合わせてゆっくりと歩いてくる。男の方が買い出しと思しき荷物を抱えていた。
「こんばんは。だいぶ大きくなりましたね、お腹。出歩いて大丈夫なんですか?」と女性――樋口紗羽に訊ねる。
「安定期ですから。動けるときは動いとかないと」
「ご夫婦で買い物ですか?」
「外の空気を吸いがてらおつまみやドリンクの買い出しに。あれ? 遠海に呼ばれて来たんですよね?」
 紗羽は店の裏を顎で指した。
「中はもう出来上がっちゃってるんでうるさいですけど、そういうのがお嫌でなければ。今日はこっちが出入り口」
「私なんかが混ざっていいんですかね?」
「遠海の連れなんだから大丈夫ですよ」
 こっち、と手招きされて店の裏口へとまわる。紗羽の夫である樋口ケントが荷物を抱えながらも器用に裏口の扉を開けてくれた。出来上がっているってことは仲間内の飲み会みたいなものだろうかと考えながら入る。中は暖色の明かりが灯り、レコードと共に賑やかな笑い声や話し声が響いていた。
 店内には十二、三人の人出があった。そこへ暖と樋口夫妻が加わる。店の中程でテーブルを好きに使ってスナックやドリンクを手に楽しく話し込んでいた。この人は確かスタッフ、この人はミュージシャン、と知っている顔ばかりだった。ただし客の姿はない。
 鴇田の姿を探す。彼は店の中でも隅の方の席で伊丹と話していた。戻って来た買い出し係に気づき、樋口夫妻はたちまち囲まれてしまった。そこから逃れて鴇田のいるテーブルへと歩く。暖に気づいた鴇田は軽く手を挙げて合図した。
「なんなの、この集いは」と伊丹に頭を下げながら訊ねる。「ちょっと早い忘年会?」
「ちょうどいい時に来ましたねえ」と答えたのは伊丹だった。
「これから今日最後のセッションです。楽器入れ替えで」
「入れ替え?」
「やっぱりみんな音楽が好きで集まってる人たちで、客前でパフォーマンスをするのも楽しいんだけど、内輪の楽しみもあるよねってことでこういう風に楽器持ち寄って年一ぐらいで勝手にセッションを楽しんでたんですけど、そのうちそっちの楽器も楽しそうじゃんってなって、いつの間にかシャッフルでミックスな会になりました。昼間のうちから集まって、楽器決めて練習して、何度かセッションして、次で最後のセッションです。録音もしますよ」
 楽しげな伊丹も飲んでいるようで、手元にビールの缶が空いていた。店は場所を提供しているだけで飲食までは面倒みないらしい。だから樋口夫妻のような買い出し班がいる。
「伊丹さんも今日はピアノを弾きます」と、黙っていた恋人はようやく発言した。
「それは聴いてみたい」
「超絶技巧ですよ」
「ますます楽しみだ。おれ、ここで聴いてるだけでいいのかな?」
「参加してもいいですよ。楽器、色々ありますし」
 ピアノやドラムセットの周囲には様々な楽器が並んでいた。見たことのないものもたくさんある。けれど昼間から集まって練習してまでセッションなのだから、飛び入りで参加するのも躊躇われた。ましてや暖が弾ける楽器はない。小学校のリコーダーでさえ音をうまく出せなかった。
「伊丹さんがピアノ弾いちゃったら、あなたはなにを弾くの?」
 録音機材(と言っても三脚で固定したカメラでムービーを撮影する程度のようだった)の確認に立った伊丹の席にそのまま腰かけ、鴇田に訊ねる。彼は珍しくノンアルコールで、サイダーを飲んでいる。
「ヴァイオリン」
「――え、まじ?」
「そんな上手な演奏は出来ないですよ。これまでに覚えた通りに弾くだけです。アレンジや即興はほんと出来ない」
「えー、でもすごいよ。花形なんじゃないですか?」
「そんなもんじゃないんです。ちなみに紗羽から教わりました。彼女はあの通りのお腹なのでヴァイオリンみたいな小型の楽器の方がいまは鳴らしやすいんだって」
「彼女、ヴァイオリンまで弾けるんだ」
「楽器ならなんでもいけます。ケントはベース」
「おおすごい。なんか似合う気がする」
「あとは普段のボーカルがフルート吹いたり、ドラム叩くスタッフもいますし。トランペッターはトロンボーンだし」
 本当に混ざってやるようで、みな楽しげに楽器の準備をはじめる。ふと暖は思い立ち、職場で使っていた一眼レフを下げたまま「動画の係はやりましょう」とカメラをいじっている伊丹とスタッフに声をかけた。
「ああホント? 助かりますねえ」
「それで最後に記念写真を撮りましょう。この通り、道具はあるので」
「じゃあ三倉さんに全てお任せで。モノクロで撮れます?」
「撮れますよ。セピアでも」
「出来ればモノクロで撮ってください。モノクロの写真がね、なんだか好きなんですよ」
「承りました」
 伊丹はピアノの元へ、一緒にいたスタッフはパーカッションの元へ向かった。めいめい楽器を手にして音を確かめる。鴇田はまだ楽器に慣れないようで、隣でやはりヴァイオリンを持つ紗羽に何度も運指とリズムを確かめていた。その拙い触れ方がなんだか珍しくて微笑ましい。


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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