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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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intermission




 風の強い日で、乾燥もしているから火災に注意しろと防災無線が鳴っていた。わんわんと風なり無線なりが鳴る中を進み、目的の部屋の玄関をくぐる。鏡を見なくても自分の髪が暴れているのが分かる。手櫛で直す。
 キッチンダイニングを抜けてベランダの窓を閉めた。ほんの少しの外出だからいいかと思って窓を開けて出てしまったのだが、予想外の風の強さに慌てる羽目になった。こんなに晴れてるんだけどなあと思う。空が高くて澄み渡った秋の空だ。だけど風は猛烈に吹き荒れている。あの人、帰って来られるのかな。
 キッチンダイニングの他にふた部屋ある。ひと部屋は寝室で、もうひと部屋は書斎になっている。本を読む習慣が遠海にはあまりないのでよく分からない。でも図鑑を眺めるのは好きで、そういう本も置いてあるからこの部屋は好きだ。
 部屋は人を写す鏡だと誰かが言っていたのを覚えている。だとしたら心から違う人間なのだなと思う。遠海の部屋に本棚はなく、三倉の部屋に電子ピアノはない。どこを見ても本ばっかりの部屋の中で、薄い厚みの冊子を手に取る。見覚えがあったから手に取ったがあるはずだった。緑色の映画のパンフレットは、同じものを遠海も持っている。
 離婚して引っ越しまでして、でもここに置いてあることが嬉しい。ぱらぱらとめくり、本棚に戻した。三倉が使っている机と椅子に腰掛ける。小さな出窓がついており、そこから陽が入る。光に満ちた部屋の外の、家木や街路樹がびゅんびゅんしなっているのが見えた。
『ちゃんと聞こうとずっと思ってた。嫌じゃないですか?』
 数日前、三倉に訊かれたことを思い出す。いまみたいに三倉の書斎で背表紙を眺めていて、洋服のパターン集を見つけて手に取ったときだった。三倉に訊けばそれは前妻の持ち物だったと言い、持ち主はこれを処分しようとしていたというので貰ったのだという。様々なスタイルのパターンの掲載された本で、日本語でもなかった。だが何事にも興味を持つ三倉が引き取る理由も分かった気がした。
『なにが?』
『例えばおれはあなたに度々前妻の話をしてしまう。こうやって彼女のものだったものまで持っています。彼女が縫ったシャツだって着るときはありますし。そういうのが嫌な人は嫌だと思うんですが、あなたは嫌だと言わないし、言わないからおれはますますあなたに甘えてしまっているのかな、と』
『僕が「この本捨てて」と言ってあなたは捨てますか? むしろそういうあなたを僕は嫌いになります』
 そう答えると、三倉はきょとんとした顔をした。
『長年連れ添った人だったんですから、思い出話も共有したものも、全てを忘れて清算してくださいなんて無理な話です。それにあなたが蒼生子さんの悪口ばかり言うのだったら嫌ですけど、普通に懐かしんで話してくれることですよね。僕は誰かと連れ添った経験がこれまでにないので疎いと言えば疎いのでしょうけど、あなたがどういう行動でどういう感情になったかを知りたいと思っています。そこに彼女の存在があるのは、相手があって暮らした日々だったんですから、当然というか、仕方がないというか、……あったことはなかったことにならないんですから、封じ込めて黙される方が不自然だと思います』
『……』
『積極的に話してくださいってわけじゃなくて、でも自然にぽろっと出る思い出話は、聞きたいですよ。本や服に思い入れはあるかもしれないけれどそれが罪であるわけでもないし。ものを大事にするあなたの姿勢の方が僕には好ましいです。それに嫌なら嫌だって言います』
『そうか』
 三倉は本を手に取った。
『あなたが好きですよ』
 洋裁の本を手に、こちらがびっくりするほどのやわらかな笑みで三倉はそう言った。
『繊細だけれど前向きなあなたがどうしたって好きです』
 喜びで心が満ちて遠海は返事をし損なった。明るい秋の昼間にその笑顔はぴったりで、あれがどうしても忘れられない。自分が言わせたなんて信じられないけれど、また言ってくれたらすごく嬉しいと思う。
 この書斎にどんな思い出があるのだろう。本一冊ごとに三倉の過去があり、思考が生じているかと思うと、遠海にとってこの部屋は『興味深い』。興味の深さはきっと深い海溝のように果てを知ることの難しいものだ。そうか、ここは三倉の海なのかな。
 早く帰ってこないかなと思う。誕生日くらい仕事を休もうとか、そういう発想はないらしい。もっとも遠海にだってない。記念日とか心底興味がない。いつ出会ったとか、お付きあいをはじめたとか、キスをしたとか、離婚したとか。
 でも今日はきっと早く帰ってくる。それぐらいは甘えてもいいんだと思う。張り切って料理をすると言っていた。自分の誕生日は自分の好きなものを作って食べたいらしい。
 本が大波みたいに迫っている部屋であの人の帰りを待つ。外は風が唸る。風の音をベースにして机を鍵盤に見立てて指を叩きはじめた。最近好きでよく聴いている曲を頭の中で流し指で再現する。
 あの人を待つ。早く会いたい。それは触れたいと同義で、遠海は知らないうちに微笑んでいる。

End.


次回は11月1日より更新します。


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寒椿さま(拍手コメント)
お返事が遅くなって申し訳ありません。いつもありがとうございます。

気象にまつわるものをタイトルに、という構想で始めた物語で、とりわけ雨風が絡むと暴力的に感じますね。驚かせて申し訳ございません。
ちなみにこの最大瞬間風速、とある県で11月に実際に観測された数値となっています。そのままいただいちゃいました。
遠海にとってはどんなに近くてもやはり三倉は三倉で、自分と遠いという感覚はずっと抜けないのだと思います。だからこその驚きや発見や不安や、喜びがあります。そういうものを大事に経験してほしいなと思ってしまいます。

本日よりまた更新しております。ここから先は掌編ばかり続きますが、どうぞお付き合いくださいませ。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2020/11/01(Sun)18:05:01 編集
プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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