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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 昼食を取っていると隣の席を指して「ここいーですかあ?」と訊ねられた。西川が弁当を手に立って笑っている。ただなんとなく傍に寄られることに抵抗があり、「僕はもう行くから広く使って」と弁当のごみを手に立ち上がる。
「えー、鴇田さんまだいいでしょう? お喋りしましょうよー」
「西川さんいい加減にしろよな。鴇田さん嫌がってるんだよ」
 会話に割って入ったのは日瀧だった。気遣われていると分かって情けなくなったが、それでも日瀧の助け舟はありがたかった。
「あんたはこっち来な」と西川に自分の隣を示す。日瀧はそのまま遠海の向かいに腰掛け、「チョコ食います?」と菓子のパッケージを取り出す。
「おー、フラウのチョコじゃん。どしたの?」
「買い物に付き合ったらお礼だって買ってくれたんだよ。いまハマってんだって」
「ああ、みかげちゃん?」
「いや、姉貴」
「チョコレートにはコーヒーだよねー。鴇田さんはブラックですか? ミルク入り?」
「……ブラックで」
「はーい」
 明るく答えて西川はコーヒーサーバーの方へ向かった。騒がしさが治まり、向かいの日瀧は弁当を広げ始める。
「……本当はみかげさんなんだろ」
 そう訊ねると、日瀧は照れ臭そうでも正直に「はい」と答えた。
「いや、別に隠すことでもないんですけどね。西川さん、やかましいから」
「デート?」
「に、分類されんですかね? 待ち合わせて日用雑貨の買い物して、荷運び手伝って、彼女の部屋でお互いの話してました。夜あの店行くのもいいけど、やっぱり向こうは学生だから金ないってことで。おれ働いてるしって言ったんですけど、男が奢ればいいって時代、古いよって言われたんす。いまはワリカンだよって」
「でもこのチョコレートはワリカンじゃないだろう?」
「……はい」
「いい子だね。いい時間を過ごしたんだって分かる」
 箱の中のチョコレートは小粒でも造作の凝ったものだった。甘味は出来るだけビターを好む日瀧を考えて、カカオの含有率が高いものが選ばれている。日瀧は距離感云々を言っていたが、ゆっくりと信頼関係を築いている様子が窺えて微笑ましい。
「この店、駅前大通りの人気店だよね」チョコレートのパッケージを手に取る。
「ああ、そうです。最近二号店が国道沿いに出来て、そっちで買ったって言ってました」
 以前、三倉がこの店について言及したことがあって覚えていた。遠海の思考をトレースしたかのように日瀧が「三倉さん」と言うので、ドキリとする。
「会ってますか?」
「……どうしてそんなこと訊くの、」
「思い出したからです。前に『フラウ』のビターなら甘いものが苦手でもおすすめだと言われたことがあって」
「元気だと思うよ」
「やっぱり会ってないんすね。この間聞いたときもふわっとした返事だったんでおかしいと思ったんです。喧嘩しました?」
「……してない、と思う」
「なんすかそれ」
「自分でも理解不能なんだ」
「鴇田さんが原因ってこと?」
「そう、百パーセント僕だ。やましいことも悪いこともなにもないけれど、」
 それ以上がうまく出ず、そのまま黙る。じきに西川が三人分のコーヒーをトレイに載せて戻ってきた。「一回ひっくり返しちゃったー」と言いながら紙コップを渡してくれた。
「なんだ、チョコ減ってないじゃん。コーヒー待ちだった?」
「そう。おせーなって」日瀧が白米をかきこんで答える。
「あらー、そりゃお待たせしました。鴇田さん、どうぞどうぞ」
「おれが持ってきたチョコだからな」
 目の前のやり取りにうっすらと笑って、ありがたく一粒もらう。ビターチョコレートのくちどけは滑らかで、たとえそれを流すのが安いコーヒーであったとしても至福の味がした。
「美味しいね」と西川も笑顔を見せた。「でももっと甘い方が好みだなー」
「テイスティングできるらしいから店行って好みの買えば?」
「でもさあ。チョコレートってやっぱり贈ってもらう方が嬉しくない? こういう高級店のチョコレートだったらなおさら」
「バレンタインに欲しいって事務のおスズさんに言えば? ひとりひと粒とかでも買ってくれそうじゃん。おスズ姐さんなら」
「えー、ひと箱欲しい。あとバレンタインまで待てない」
 やいやい言っているふたりを前に、いつの間にか遠海は三つ目のチョコレートを口にしていた。食べすぎを自覚してコーヒーを口にする。
「あとやっぱり本格派のコーヒーで食べたいよね。会社のサーバーも新しくなって前よりは豆の香りがするけどさ。これよりは、たとえば? 自家焙煎のとっておきのお店の豆用意して、彼氏が休日の朝だけ淹れてくれるコーヒーで一緒にとろける時間。どうだ!」
「どうだ! って言われてもね。そこまで言うなら新しい彼氏にやってもらえば?」
「うるさいなあ。やってもらえるならこんな夢みたいなこと言いません。別れたんだよ」
 チッと西川は舌打ちをした。
「リリースが早いな」
「売れ筋のアーティスト評みたいに言わないでよ」
「なんで別れたの?」
 訊くつもりもなかったはずがつい口にしていた。西川がキョトンとした顔でこちらを見て、すぐにつまらなそうな顔で「喧嘩しました」と言った。
「僕、喧嘩の納め方が下手って言いますか。すぐカッとなって『もういい、別れよ』に持ち込んじゃうんですよ。それで後悔するんですけど。自分から謝る勇気もなくて。――鴇田さんはどうしますか? 大事な人と喧嘩した時」
「……ええと、」
「自分から行きます? 放り投げます? 相手を待ちます?」
「……」
 考えてしまった。完全一致するわけではないけれどいまの状況にどこか重なる。いや、遠海から距離を置きたいと言ったから、三倉は「連絡して」と言ったから、……でもそれって三倉にまるっきり甘えている。自分の言い分ばかり一方的に告げて距離を取ったけれど、三倉の考えも聞くべきだった。
「……きっかけを、作る」
 そう言うと、日瀧も顔をあげた。
「さっきの話じゃないけど、ちょっといい手土産持って、謝りに行って向こうの話を聞く――勇気を持ちたい」
「自分から行くってことですか」
「理想は。その上で自分の思いや主張もやっぱりあるから。なんだろう、……理解や歩み寄り、かな」
 黙って弁当をかき込んでいた日瀧はそこで水筒の茶を飲み、息をついた。
「じゃあ決まりっすね。フラウ、行ったら?」
「えー? より戻そうって?」
「西川さん、未練たらたらじゃん」
 日瀧もチョコレートに手を伸ばした。
「よく分かんねえけど、人との関係ってどんなに親しくても変わってくもんじゃん。物理的にも心理的にもさ。それを維持してこうって思うなら相応の努力ってのがいるんじゃねえの? 自分も相手も、お互いに」
 西川は黙った。遠海も黙った。束の間の沈黙の後に西川はふうっと息をついた。
「日瀧のくせに生意気」
 図らずも感心してしまった、というところだろうか。遠海にも充分分かる話だった。

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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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