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salve regina



『発作みたいなもの。脳が間違った信号を出したり、ホルモンを過分泌したり、しなさすぎたり。異常が治れば通常に戻るんですけど、発作が出ているあいだが辛い。周りには迷惑をかけてしまうけどそういう性質だと分かって対処してもらうしかなくて……なんていうのか、うまい例えが見当たらないです。あえて言うなら、そういうもの』


 元気? と控えめに訊ねられた。明らかに戸惑いや気遣いが滲むのだが、そういう不器用さは確かにあったと思い出して懐かしくなる。「元気だよ。あなたは?」と訊ね返すと、彼女は少し躊躇って、ちいさな声で「恋人が出来た」と言った。
「――おお。そっか」
「……まだ付き合いはじめて日が浅いんだけど、」
「いちばん新鮮でワクワクする頃だよ。どんな人?」
 カフェのテラス席で向かい合っての会話だった。晩秋の風が頬を刺して通り過ぎていく。暖房がそろそろ欲しい頃だったがテラス席を選んだのは天気が良いからだった。暖は上着を着たままで、向かいの彼女は膝掛けを店員からもらっていた。
 元妻の蒼生子とはほぼ没交渉だが、全く交流がないわけではない。一年に一度レベルでこうして向かい合ってお茶をすする日がある。お互いの近況報告義務が課されているわけではないが、話題を持ち寄る。顔を見て姿形を見て、痩せた太った変わった変わらない、ちゃんとごはん食べてる? の確認をする。長年暮らした中での習性がまだすこし残っているようなものだろうか。
 蒼生子は「ハリウッドスター」と答えた。
「へえ?」 
「先生の甥っ子さんなの。高卒でいったん就職したけど、パターンナーになりたくてデザインの専門学校に通ってて」
「学生ってことか。いくつなの?」
「二十四歳。……いまどきの若者、って感じ」
「若いなー」びっくりした。びっくりしすぎてそれしか感想が出てこない。
「紹介された時は頭が金色だった。いまはミドリ。紹介された時にピンクのTシャツを着てたのにびっくりしちゃったの。三倉さんに、ていうか、男の人に、私が絶対に着せて来なかった色着てるって」
「それにやられちゃったんだ?」
 仕方なく、という風に彼女は頷いた。
「なに考えてるのかは伝えてくれるんだけど、あんまり表情にしないし諦めるのも早い。つまんないこととわかんないことがあるとすぐスマホ触るし。世代が違うんだなあって思う。私たちが二つ折りのケータイのアンテナ立てて電波探してたのとおんなじで、いつもWi-Fi探してる」
「はは。面白いこと言うね」
 カラン、とグラスの氷が音を立てた。屋外でもお冷やの氷がなかなかすぐには溶けなくなった。暖は冷めないうちにとホットコーヒーを口にする。
「派手な見た目のハリウッドスターなんてあなたの好みどんぴしゃじゃん。やるなあ」
「でもお付き合いを決めたのはそこじゃなくて。……結局、若さ目当てなの」
 蒼生子はルイボスティーのカップを手で包んだ。縁を覗き込むように俯く。
「先生が、子どもが欲しいなら旦那さんにも体力ないとね、体力はやっぱり若さよってあっけらかんに仰って紹介してくださったの。ばかみたいだと思うんだけど、それはそうだよなあって思っちゃって、」
「……その、金髪くんだかミドリくんだか桃色くんには言った? あなたは子どもを望んでいるんだっていう話を」
 蒼生子は首を振った。
「言えてない。……言うタイミングが分からなくて。その、私のこれまでの価値観をことごとく覆してくるから、経験で太刀打ちできない」
「あー、そういうの最近読んだな」
 暖はパラソルの外側に見える空を見上げた。青空が遠く上まで澄んでいる。
「パソコンやスマホの使えない団塊の世代の話。昔は老年者に知識があったから自然と敬う風潮があったんだけど、いまこの時代じゃ知識量でスマホに勝てる人はいないからね。そういう時代の変化についていけなくて不安になって、不安で常にいっぱいだから急にキレるっていうおじいちゃんの話のコラムをこの間なにかの雑誌で読んだよ。週刊誌だったかな?」
「……私、古いのかな」
「違うちがう。知識量ではスマホにかなわないけれど、実際に経験しているのとしていないのとじゃ全く違うはずなんだ。天気図ならちょっと勉強すれば読めるようになるけど、実際の雲や湿度や風や体感を知らないで気象予報士なんか務まらない。あなたに蓄積した技術や体験はあなたを助けるよ。いまを生きている人はみんな平等に最先端なんだ」
 そういうと蒼生子はようやく顔をあげ、眉根を寄せて目を細めた。
「新聞記者のお仕事は順調そうだね」と言う。
「いまのネタにコラム書けるね、暖。それとももうネタだった?」
「いや、いま喋りながら思いついた。ずっと考えてはいたけどね。ようやく言語化できました。ありがとう、いつか仕事に生かします」
「ぜひ。楽しみにしています」
 頭を下げ合い、しばらくして蒼生子はくつくつと笑い出した。
「どうしたの?」
「いやー暖も、……ごめんなさい、さっきから馴れ馴れしく呼んじゃってるね。三倉さんも、若い人相手に考えることがあるんだろうなって思ったから」
「会社の若いやつと上司と見てるとね」
「違うそっちじゃなくて。鴇田さん」
 不意打ちを喰らったようで言葉に詰まった。
「いや、……確かに若いけど、そうは言ってももうそれなりで」
「元気? まああの人の元気ってどこにあるのか、ちょっと読みづらいけど」
 蒼生子の笑みに暖は苦笑する。
「そうだなあ」
 鴇田の先日の言葉が蘇る。
「経験が太刀打ちできない感覚は、おれもあるな」
 鴇田とはこの秋まともに会っていない。向こうから時間をくれと言われたのは夏の終わりだった。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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