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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 取材を終え、寺の庫裡で買ったままになっていたモダン焼きを食べた。腹くちくなり横になる。夏の夕暮れ、法要が始まる頃で僧侶たちはみな緊張をまとっていた。薬師如来もお披露目の時間だ。宿坊を借りた展示は今夜だけは遅くまであけている。仏像を見た人がその足で私の展示もみられるように、という柏木の提案だ。
 法要は見ていこうと思っていた。ここに待機している理由もない。ゴミを片付け、手ぶらで庫裡から本堂へまわる。夏特有の青紫がかった夕闇で辺りは沈みかかっていた。
 本堂には椅子が置かれ、かなりの人で賑わっていた。立見の人間もたくさんいる。どうにか隅っこにスペースを見つけて身体を滑り込ませる。本堂の柱にもたれかかり、腕組みをして本堂に新たに据えられた薬師如来を見ていた。ようやく公開された新たな像を、拝んでいる人もいればカメラに収めている人もいた。ただぼんやり見ている人もいる。人の数だけ思う気持ちがあるのだろう。
 仏像は蝋燭の暖色に照らされてやわらかな表情を見せている。これでよかったのだろうか。まだ迷う。私にかつて備わっていたはずの自分を客観視する目はいつの間にかどこかへ行ってしまった。自信がないのだ。どの人にどんな反応をされても、私は私の芸術を成し遂げられた成果はあっても、その結果を受け入れるのに時間が必要だ。
 ――八束がこれを見たらどう思うだろう。
 まだ続いているのかどうかも曖昧な関係の中、八束に展示をする旨のDMは送れなかった。スマートフォンは通じているが、これもTに行って以降まったく連絡を取りあっていない。いまの南波家がどうなっているのか把握出来ていない。四季は進学が叶っていれば高専の二年になっているはずで、家を出ている可能性もある。大家さんは存命だろうか。八束がひとりになっている可能性も充分あり得た。
 資材を倉庫に置きっぱなしだから、いずれ連絡は取らねばならないと思う。ためらっているのは、これから先の私を想像するのが怖いからだ。どこかで制作拠点を構えたい。それをミナミ倉庫にしてよいものか。実家に帰ってもいいのだ。あるいは別の町へ。資材の調達さえ出来ればどこでも住める。もう大学講師の依頼もない。
 うだうだと考えているうちに法要がはじまった。僧侶が列をなしてやって来て並んで座り、一斉に読経が始まる。香木や線香の独特の匂いがただよい、火が焚かれる。読経は音楽だ。独特の音階とリズムで歌われるそれはキリスト教ならグレゴリアンチャントだろうか。聞き入ったまま、私はその場にへたり込んだ。膝を抱えてうずくまる。最後尾の壁際なので気に掛ける人間がいないのが幸いだった。こんなにエネルギーのある尊さに、私の作品はちゃんとふさわしかっただろうか。
 私は知ってしまった。藍川のアシスタントや今回の制作で。私たちが作るものに意味を見出す人がいるということを。柏木から依頼を持ちかけられた時にわかっていたはずで、でも全くわかっていなかった。あの像を拝めば癒される。身体や心に負った傷を癒してほしくて必死にここへ辿り着く若者がいる。あれがあるから今日も無事に過ごせる。そういう信心で寺の門前で茶屋を営む老人が本堂の方角へ向かって手を合わせてこうべを垂れる。そういう人たちに、私の制作したものはどうあれば正解だったのだろうか。
 八束、君なら答えを知ってるんじゃないか。そういう妄想で、私は連絡を取っていいのか。今更。
 私の芸術は、常に私のためにあった。私自身を救済するためにあったのだ。制作をして発表することが私のアイデンティティで、私という自己表現であり、感情の吐き出し口だった。ままならない世の中への不満憤りや、自身の内側に湧きあがる声高に叫び出したい感情主張、美しいものを見た時の感動衝撃、そういった言語になりきらないものごとを好き勝手にかたちにしてきただけなのだ。私の叫びであり、私の悲鳴であった。私のわがままで作ってきたものを、八束、君はどう受け取っていたって言うんだ。
 見る人のことなんか考えて制作したことはなかった。十年前の私なら。なあ八束、芸術は誰のためにあるんだ?
 視界の端にキラッと光るものがあった気がして顔をあげるのと、誰かの手が肩先にそっと添えられるのが同時だった。添えてくれた人はびっくりした顔をして、眼鏡の奥の瞳はまんまるのままお互いに固まっていた。
「――……八束、」
「びっくりした、セノさん、か?」
「……ああ」
「髭がないから、……あ、いや」
 相変わらずの白髪頭の八束は、私の顔をまじまじと見て、自分に向かって何かを飲み込むように小さく頷いてみせた。
「具合が悪い人がいるのかなと思ったんだ、……具合、悪いのか」
「いや」想定外の再会に慌てるも、私は首を振った。「いや、違う。具合はよくない」
「……なんか日本語を忘れたみたいになってるけど、混乱してる? もしかして発作か? 誰か呼ぶか?」
「呼ばないで。……外の空気を吸いたい」
「……分かった。立てるか?」
 八束は中腰になり、手を差し出してきた。ものすごく当たり前に。いままでずっとそうしてきたみたいに。
 手を取って数年の距離をひと息に飛び越える。八束の肩にすがると身体を支えられた。
「酒でも飲んだか?」
「飲んでない。人に酔った」
「ああ、」読経を背後に八束は頷く。ゆっくりと本堂を出る。
「分かる。お祭り騒ぎの大フィーバー。信仰と崇拝の。君みたいな過敏な人間には辛い場所だろう。すごい熱気だな」
 触れている八束の身体も熱かった。きっと私も熱い。汗が出る。香木に混じって八束の汗の匂いを嗅いだ。久々に人の熱に触れていると実感した。
「遅くなってごめん。戻った」
「全くだ。ずっと待ってた」
「ごめん、――ただいま」

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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