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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「ソファも、テーブルも、冷蔵庫や洗濯機も」
「ああ、いいよ。僕が使う」
「……あなたの申し出はびっくりしたけど、ありがたかった。全部持ってっても、藍川先生のところには置いとけないなと思っていたから、処分先を探さないといけなかったし」
 ベッドに八束を座らせる。私も隣に腰掛ける。
「……こういうときは、なんて言ったらいいのか、分からない」
 息をつく。隣にいる八束をどうしていいのかも分からない。離れ難く、いとおしく、心底後悔しながら、やはり別れるべきだとまだ思う。
 待たせることになる。ほったらかしになる。そんなのを、信じて待っていてくれよだなんて、とても言えない。けれど連れていくわけにはいかなかったし、連れていく気もない。私の芸術にとって、これはとても煩わしいことなのだから。
 それでも人を求めてしまうのは、どういうことなのだろうか。
 八束も息をつき、ベッドから下ろした足をぶらぶらさせた。
「後悔、してるんだよな」
「してる」
「でも行くんだろう」
「行く」
「僕と離れても」
「ああ」
「……芯から後悔するのに」
「……」
「離れたら、会えないし、話せないし、触れられないのに」
 俯いていた顔をそっとあげると、こちらを一心に見つめている八束と正面切って目があった。
「戻ってくる?」
「……約束できない」
「きみは僕を捨てられないよ」
「その根拠は、なに? おれは、おれの芸術のために、自分勝手に、あなたを」
「僕を捨てるとき、きみはいまよりもっと果てしなく、ひどく後悔するからだ」
 八束はきっぱりと言った。眼鏡の奥で瞳を燃やしている。
「そうだな……その通りだ」
「だろう、」
 瞳の距離が狭まる。とてもスムーズな動きで頬を寄せ、私たちはくちづけた。
 吸い、離れて、惜しんで、またくちづけて、心もとなく肩を抱き、ふたりで呆然とうなだれた。
「何度も言う、僕は別れない」
「……おれは行くよ」
「別れない……」
「そうか……」
 ただ惜しみがたく身を寄せ合うだけで、それ以上をどちらとも求めることはできない。ひたすらに蒸し暑く長く深い夜を無言で耐えた。


 Tまでは二回往復する必要があった。引越しの荷物と資材を乗せたトラックで藍川の元へ行く。荷物を下ろして戻りトラックを返却して自家用車でTへ再び向かう。
 八束はそのどちらも仕事で見送ってくれたりはしなかった。離れる、という現実に直面してお互いにおじけていたのかも知れない。倉庫に残した家財や資材の管理簿をテーブルに置き、その横にちいさな木彫の作品を置いた。桃の実と枝葉をリアルに表現している。うっすらと塗装だけしたそれだが、きちんと塗れば本物と言い張れそうだ。実物大の大きさのそれに、私は「Happy Birthday」と書いたメモを添えた。
 桃は魔を祓う。あなたの身に災いがどうか起こりませんように、と願って夏前から制作したものだった。
 誰かを思って作品を作るのははじめてだな、と思いながら作った。それを置いてついにミナミ倉庫を出た。

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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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