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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 夕方、えっちゃんがやって来た。自転車を漕いで汗まみれ、そこに冷えたスイカはさぞや甘露だったようだ。中学生ふたりが中年ふたりを凌いで甘い蜜を瞬く間に皮だけにしていった。そのままにしておくと虫が来るからと、えっちゃんが丁寧に後処理をする。
「四季ちゃんの進路希望聞いたの?」と訊いてみた。
「聞きましたよ。それでちょっとビミョーな感じにもなりましたけど、まあおれら付きあい長いんで。南波が五年制の学校行っていい会社に就職してくれたら、おれは安心して実家継げます。おれ、高校は行きますけど卒業したら後継ぐんで」
 そんな先のことまで考えているのかと驚いた。素直にそう言うと、えっちゃんは「でも来年には受験生すから」とシンプルな答えがあった。
「三年先とか、五年先って、多分すぐです。五年前のおれと南波が小学生でトヨエツの真似して笑ってたみたいに。すぐですよ」
 えっちゃんは分かっている、と感じた。中学生でいられる年齢なんてあっという間で、えっちゃんの背がぐんぐん伸びて声変わりしたのも、周囲からすれば「いつの間に」と言える短さだったことをきちんと客観視している。
 南波には迷惑たくさんかけたし、と笑ったえっちゃんと私の視線の先には、私の日用品の整理を請け負ってくれている叔父と姪の姿がある。
 夕飯時になると、「ふたりを送ってくる」と言って八束が車にえっちゃんの自転車と中学生をふたり乗せていったん帰宅し、シャワーを浴びて着替えて戻ってきた。「昨夜はきみと飲めなかったからな」と手には酒がある。土産のクラフトビールの瓶をあけて飲みながら、八束は整理を手伝ってくれた。
 先ほど四季には触らせなかった衣類をまとめ、「Tって寒いのかな」と八束は言った。
「たまに大雪のニュースを聞く」
「日本海側だから雪は降るんじゃないかな。気温はどうだろう」
「この辺の冬服、防虫剤とまとめて袋に入れてしまうぞ。なにか出しとくものはあるか?」
「ああ、特にない。ありがとう」
 グビ、とビールを口にする。蚊が飛んでいたので蚊取り線香を焚いた。
「……気づいてるだろうし、これを言うかはやっぱり迷うんだけど、」と私は切り出した。
「なに?」
「あいつ、連れてくから」
 窓の外をちょいちょいと指さした。八束はああ、と気づいて、ものすごく嫌そうな顔をした。
「宅間か。……妙な話になったようだな。……すまない」
「あなたが謝ることはないよ」
「いや、僕がきみを巻き込んだんだ。きみにはついあんなふうに怒ってしまったけど、元凶は僕だから……結局は自分のせいなんだ。きみの行動に納得は何もしてないけど」
 ふ、と八束は複雑な感情を吐き出すように息をついて目線を外から逸らした。
「まあ、連れてくって言うか、ついて来るだろうなっていうのを、放置するだけだ」
「毎晩きみのところを付け回してるのか」
「なんかもう隠す気もないらしいな。ただそこでじっとしてるだけだからストーカー被害だって訴える気にもならない。あいつはさ、カオナシみたいなんだなって」
「ミヤザキハヤオの?」
「うん。行くとこが、本当にない」
「……まさかあの映画みたいに、藍川先生に押し付ける気じゃないだろうな」
「そんなつもりはない。おれは怒ってる。あいつがあなたにしたことも、おれにしたことも。あなたがあんな奴と遊んだことすらも、怒ってる」
 そう告げて立ち上がり、ビールを一気に飲み干した。「そこ、今夜はもういいよ」と指示する。
 八束は瞳をふかくして、私を見あげた。
「……僕は、きみと別れるつもりは毛頭ないからな。ひとりでいる主義とか言って、そんなの後悔させてやるよ」
「もうとっくにしてるよ」
「……」
「でもおれは遠くに行くし、芸術のためならあなたを捨てられる。あなたに優しくしたいと思いながら、うまく出来ないんだよ」
「……語弊ありきで言うけど、きみってちょっと、自閉症っぽいところあるよな」
「ジヘイショウ」復唱してしまった。
「自閉症スペクトラム。きみ、教員免許持ってるだろ。大学でやんなかったの?」
「いや、やった。特別養護学校の実習だって行ったよ。けどあの頃は言い方も違ったし、よくわかんねーなと思いながら授業受けてたかな」
「ふうん。まあ、発達障害に当てはまるところもあればないところもあるし。この人のこれは個性的だなって思うのが強烈だと該当したりするし、しなかったりもする。僕もちゃんと勉強したわけじゃないからよくわかんないけど、ちょっと前に仕事で関わった人にそういう人がいて」
「うん」
「こんこんとひとつの物事を突き詰められる反面、人との接触が苦手。きみってさ、ひとりで延々と遊んでられる子どもじゃなかった?」
「うーん、ずっと絵を描いてたか工作してるかだったのは覚えてるけど、内向的だったかと言われるとそうでもない」
 でも確かに人と話すのにすごく吃る時期があったな、と思い出した。
「人と適正な距離を掴むのは、苦手でさ。ひとりが平気」
「全く平気なわけじゃないけど、ひとりの時間は大事だな」
「そう、それを乱されるときみはものすごくストレスになるんだろう。そしてそういうストレスが身体症状に案外出やすい。だから離婚になったんじゃないの」
 そうかもしれない、とふと思えた。ひとりとふたりのバランスがうまく取れなかったというか。
「僕もひとりでずっと本を読んでいられる。だからなんとなく分かる。それでも人が恋しいのも、分かる。僕は別れないぞ」
「……」
「きみがひとりになりたくても、黙って言わないことがあっても、別れない。昨夜のきみの別れ話を僕は聞いていない」
「……」
 私は八束の手首を掴んだ。
「ちょっとこっち来て」
「なに?」
「あ、電気は消してくれ」
 ブラインドとパーテーションで暗くしたままの、ベッドのあるスペースへ八束を引っ張る。ベッドサイドのランプだけ灯して、「これは置いて行こうと思う」とベッドを指した。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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