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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「待ってくれ、確かに退去を申し出たけれど、明日じゅうに引き払ってくれという話は困る。一週間後に引き払いますと、大家さんとは話をつけたはずだ」
「引き払うのは六日後でいいさ。持っていくものも、最低限必要なものにしてすぐに使わない資材とか日用品は置いてけ。きみがこの倉庫を契約していられるのは明日までと言う意味だ。明後日以降の入居者が決まった」
「ここに入居? 誰が?」
「僕だ」
 さらりと、さも当たり前かのように八束は言い放った。私はあまりの展開に驚きを隠せず、目と口をあけたまま絶句してしまった。頭にかぶせていたタオルが床に落ちる。
「この倉庫はこれから僕が借りる。親父とも契約を済ませた。これ、きみの契約変更の書類な。署名だけくれ。きみはいつ出て行ってもいい。明日でも、六日後でも、一ヶ月後でも、三年後でも」
「それは、」
「きみがあまりにも僕に話さないことが多いから、僕も勝手に決めることにした。きみが出て行ったら、そうだな。ここには本でも置こうかと思ってる」
「……」
「ガスも電気も水道も、そのままつないでおけばいい。僕が使うから」
 それを聞いて私は、――驚きで口元を手で覆った。うつむき、足元を見る。落ちたタオルは八束が拾った。三人分の足元が見える。汚れた作業靴と小さなローファーと手入れのされた革靴が、輪を描いて寄せ集まっている。
 う、とうめき声が漏れた。八束が「不満か?」とそちらの方が文句がありそうに言う。
「――……あなたはそうやって人をひとりにしないんだな」
 絶望しながら歓喜が湧いた。混乱からではなく、希望にすがる想いがあった。
「なぜだ?」
「そりゃきみを好いているからだ」
 姪の手前でも、八束は全く臆さなかった。
「みんなきみが好きなんだ。きみが好きだからきみの味方でいたい。きみがどんなにひとりになりたがろうと、周囲はそうしない。だから藍川先生もきみを必要としたんだし、あの方とは違うやり方でも、僕もきみの力になりたい」
 うなだれている私の腕に、四季の腕が絡み付いた。「そうだよー、好きなんだよー」と四季は身体を寄せる。
 八束もまた、私の頭をぽすぽすとはたいた。
「苦しんでいるきみの味方でいたい。苦しみながら芸術を生み出すっていうきみのスタイルなら尊重する。でも人生まるごと苦しみぬく必要はない。一瞬でも、楽しい時間や、充実した喜びがあっていい」
「……」
「僕らはきみが好きだ。信用を置いている。そして信用がなければ信頼は生まれない」
 八束の手に力がこもる。四季に抱かれ、八束に撫でられ、私は呻いた。この人たちと離れたくないと心の底から思った。こんなにしてもらって、返せるものはあるのだろうか? 私ごときに、何ができるだろうか?
「ねー、スイカまだかな?」
「いくらなんでも早いだろう。もう少し待ちなさい」
「あ、そうだセノくん。聞いて」
 四季は私の手を軽く引っ張り、私の情けない顔を覗き込んで、「私ね、行きたい高校がある」と言った。
「高校っていうか、高専なんだけど」
「……高専? って、理系の五年制じゃなかったっけ?」
「そーそ。高専って就職率高いしさ。もっと勉強したいと思っても進路に幅きくし。まあ、寮生活になっちゃうから受かれば家は出るんだけどね。でもそしたら早めに自立もできるのかなあって」
「倍率めちゃくちゃ高いし僕は理系なんかとても教えられないんだけどね」
 最近すごく勉強している、と八束は言い添えた。確かに四季がよく勉強に励んでいる姿を見る。塾には行かず、でもネットなどを活用して勉強法をさらっているのも。
「おかーさん、理系だったんだって。大学は理工学部で就職先は電力会社だったし。それ聞いて、なんかこうピタッとハマったんだよね。あ、これだな、って。例えばこの町は大きな川があってヤツカくんもそういうことを調べてて、川って身近。おかーさんみたいに電力会社だったら水力発電やってるダム湖はこの川の上流にもあるし。もしくは水害に関することを知りたい。なんか、川に関わって暮らす人のことを考える仕事がいい」
「無理に大人びる必要もないよと僕は言ったんだけど、親父は四季がやりたいようにやればいいと言ったからね。そういう意向なら尊重すると、夏休み前の三者面談で担任の先生とも話して」
「……おれには思いつかないような進路だ」
 手を握ってくる少女が、不思議な生き物に思えた。この間はえっちゃんと微妙な関係になってうんうん唸っていたと思っていたのに、新しいことを思いついてどんどん進んでいく。
 それは昔、私にも確かに存在した若者らしい推進力だった。
「だからセノくんが戻って来る頃は、私はここにいないかもしんない。おじいちゃんはいま元気だけど、でもいつどうなるかは誰だってわかんない。ヤツカくんがひとりになってる可能性だってあるんだから、セノくんはやっぱりここに戻ってこないと。それにここにセノくんがいないなんてさ。こんなに倉庫暮らしの似合う変なおじさんはいないんだから」
「……そうか」
 私はぐりぐりと目元を擦ってから顔をあげた。友好の印に四季の手を握り返した。
「教えてくれてありがとう。心からきみの進路を応援する」
「うん、頑張るんだ、私。とりあえずいまの学校で理数のトップファイブ入りを目指すの。十番内には入ったことあるけど、塾通いしてる子達にはなんか負けちゃって」
「それでもすごいよ」
「セノくんだってそうでしょ。好きだと頑張れるし伸びるんだよ」
「……そうだね」
 好き、の向こうに何があるか。伸びていくばかりの葦草にはまだ分からぬ感情かもしれない。私は芸術を深く愛しているが、頑張って伸びた結果いまは足掻いている。八束を切り離そうとするぐらいに。人の傍から離れようと思うぐらいに。
 眩い夏の光を直視したようで、私は頭を打ち振った。
「片付け、手伝うよ。それでえっちゃん来たらみんなでスイカ食べよ」と四季が言った。
「いや、」と私は口にする。
「休憩しようと思ってたところだったから。もうちょっとみんなで話そう」
 それを言って、四季よりも先に八束が声をあげた。軽く笑う。久々に見た顔だな、と思った。

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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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