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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 階段は狭く急で、暗かった。二階には八束と四季の部屋、物置があると聞いている。四季の部屋は元は四季の母親、八束の姉が使っていたとも。扉ではなく、ふすまだった。それをスラリとスライドさせ、八束は部屋の電灯のスイッチを入れた。
 パッと明かりが灯る。八畳間に八束の机と椅子、衣類を重ねたボックス、それとおびただしい本が置かれていた。本棚に仕舞いきれず、床に山を作っている。一体どこで寝ているんだと思うほど本で埋め尽くされており、床が抜けないかヒヤヒヤする。八束はその小山をどけ、椅子に座るように促した。自身は荷物ごとベッドの上に這い上る。
 カーテンを引っ張り、窓の外が隠される。八束の机の上に乗っている読み差しの本のタイトルをなんとなく眺めた。流れる筆文字で、現代の文字として判別できぬ古い本だった。
 ベッドの上で背を向けて着替えながら、八束は「話せよ」と言った。声が硬い。こわばった身体ごと抱きしめて誤魔化す自分を想像して、嫌気が差した。
「……すごいな、この部屋。床が抜けない?」
「これでも持ち込み制限はしてるんだよ。庭の土蔵に普段は仕舞ってる」
「てことはまだ本はあるのか」
「家中埋めても足りないだろうな。だいぶ売ったり処分したりを、定期的にやるんだけど」
 本題と外れる会話を、八束は許してくれた。私は頭の後ろを掻き、「オススメの本ある?」と訊いた。
「……漠然とした質問だな」
「なんでもいいから手に入りやすそうなものを一冊ぐらい訊いとこうと思って。向こうで読むよ」
「どこに行くって、……言うんだ……」
 八束の声が沈む。私は正直に、腹を括って、「T」と答えた。
「大学を辞めて?」
「ああ」
「Tに新しい仕事があるのか? それとも宅間に辞めさせられてここを出るのか?」
「いや、宅間の件は無関係。あいつに付け回されなくても大学は辞めてた。そろそろ頃合いだったんだ」
「頃合いとは?」
「以前あなたと行った恩師の個展。あの時すれ違ったね。藍川先生。先生の工房がTにある。そこで藍川先生のアシスタントを。個展の後に連絡を取って、打診されていた。大きな規模の制作を行うから手伝ってほしいと」
「それは、これからずっと?」
「期間は分からない。制作が終わればおれも藍川先生の元から離れる。ただ、いつ終わるのかまでは約束されてないから」
「あの倉庫を出てまで行かなきゃならないことなのか?」
「少なくとも二・三年はかかるだろうと踏んでいる。五年かかる覚悟、とも。そんなに長い期間を留守のまま契約しておけない」
「いつ、いつごろそれを決意した?」
「……」
「昨日決めて今日実行することじゃないだろう。いつから決めてたんだ。どうして、」
 そこで八束はベッドにうずくまった。祈るように項垂れ、顔を膝に埋める。
「だからどうして、僕は、こんなにもきみのことを知らないんだろう……」
 その問いは、息苦しくなる重たい問いだった。八束も苦しい。私も苦しい。水を吸えない水中に、ふたりで溺れて足掻いているような苦しさだった。
「おれが言わないから」と私は答える。
「……宅間のこともきみは言わなかった。今日あいつは、へらへら笑って報告してきたよ。僕をつけ回していたこと、きみをつけ回したこと。きみを攻撃して失敗してやり返されたと嬉しそうだった。僕の性癖を理解する気になった、とね」
「……あれは本当にろくでもないから、あなたにはもう関わってほしくなかった。やり方が幼いし、あなたも職を追われるようなことがあるんじゃないかとか、身体に傷つけられていないかとか、懸念すべき事柄が絶えない」
「きみと離れなければならない僕のことを考えたか?」
 質問に、私はイエスと答えたかった。けれど答えられない。八束を傷つけると分かっていて、私は「考えなかった」と嘘をついた。
 うなだれていた八束は顔を上げた。泣いてはおらず、私をきつく睨んでいる。
「別れるっていうのか」
「距離が距離だし。おれはやっぱりひとりにならないといけないんだと痛感しているから」
「そういうことを聞いてるんじゃない。きみの本心がどこにあるのかを知りたいんだ」
「……」
「嫌いになった、飽きた。男相手は気持ち悪い。こんな話でもされればまだ分かる。納得はできないし諦めるのにも時間がかかるだろうけど、なら仕方がないって思う。愛情を僕は得られなかったという意味だから。セノさん、ひとりになるって、なに? 言葉があるんだから、きちんと言語にしてくれよ。分かるように」
「これを、……説明し切れる気がしない」
「それでも話すんだ。話せよ」
「……」
「もう黙るな、静穏!」
 八束はベッドから降りて。椅子に腰掛ける私の胸ぐらを再度掴んだ。どんな時の、どんな八束よりもモーションが雑で、乱れ、混乱していた。
「こんな意味の分からないまま別れたら、僕はまた宅間のようなクズとつるむぞ。それでもいいのか? きみは僕のなんなんだ? 僕らは、」
 胸ぐらを掴む八束の手をほどき、今度は私が八束の胸ぐらを掴んだ。下から八束を睨みつける。忘れたはずの過呼吸の気配がそっと忍び寄る。やけに息苦しいと思っていた。
「だから嫌なんだ! おれはもう、こんなことで時間潰して感情を乱している場合じゃない!」
 八束の胸ぐらを掴んだまま。ガクンと一度揺さぶった。
「作りたいんだ。おれは、芸術の傍にいたい。作れなきゃおれがおれである意味はないんだよ。そのためにはこの時間も交流も断たねば成せない。おれは、おれの成したいことを成したい。もうたくさんだ! ひとりにしてくれよ……!」
 再度八束を揺さぶり、そのまま八束の胸に縋るようにうなだれた。声はあげなかったが、胸の中は悔しさでいっぱいで、こんな酷い言葉しか言えないことが情けなかった。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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