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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「……おれが、何を黙っていたことを、誰から、知ったの」
「てことは計画的に黙っていたんだな。隠し通すつもりだったってことだ。ますます腹立たしい」
「待ってヤツカくん、なに? どしたの?」
「駅で宅間に待ち伏せされた。そこであいつから全部聞かされた。あいつが僕を狙って僕や僕の家族を付け回していたこと。ターゲットをきみに変えたこと。大学に写真を貼りだしたこと。仕返しを食らったこと。全部、全部だ。……職を追われるようなことをされてまでなぜ黙る? なぜ言わない? あいつの狙いは僕で、きみはとばっちりの被害者だ。なぜ罠まで張って懲らしめるようなことまでして、僕には言わない?」
 荷物を投げ落とし、八束は私の胸ぐらを掴んだ。至近距離で見る眼鏡の奥の瞳は怒りと悲しみでじりじりと焦げ付くようだった。四季が慌てて「ちょっとヤツカくん」と静止に入る。
「どうしたの? 喧嘩?」
「この男はなあ、僕が過去に付きあいのあったクズに僕ら一家がつけまわされたことを知った上に、そのクズに自分自身の仕事を妨害されたんだ。大学は夏休みに入ったが、その前にことが起きていてきみは休講を余儀なくされたと聞いた。てことは非常勤のきみには収入がなくなると言うことだよな。職を追われたんだ。僕のせいで。それを黙っていたどころか、もうこの家に関わるなと周到に罠を張って懲らしめたらしい。それを、なぜ言わない? この家が危険だと言うこと、その危険がきみ自身に及んだということを、なぜ黙す? 自己犠牲心なんか持ちあわせてもなんの得にはならない。僕に言え! 隠すな、黙るな、秘密にするな!」
「そうなの? セノくん」
 八束の剣幕を逃して逸らすように、四季がそっと訊ねてきた。私のシャツを掴んでいる八束の手はふるえている。こういう行動はし慣れていないはずだから、よっぽどの怒りと憤りが彼に渦巻いているのだと分かる。
「え? 不審者のことだよね? 春先うちの周りにいたっぽいやつ。その人が? なに? その人が誰なのか分かったの? セノくんは。仕事の邪魔されたの? 懲らしめたってどういうこと?」
「いや、……」私はどう話すべきか迷う。宅間の素性を晒せば、四季や大家には八束の性癖も晒さぬわけにはいかないだろう。本人がそれを承諾しているのかは気がかりであるし、やはりこのことは八束には知らせずに済ませて終わりたかったと思った。宅間が八束と接触したということは、私の脅しは効かなかったということだ。西川の言うとおり私は甘かったのだろうか。けれど私はサディスティックではない。……多分、きっと。
 八束は「まだ黙るのか」と追及を緩めない。私はついに観念した。
「おれのことはいいから、この家の、大家さんや四季ちゃんや八束さんが安全に暮らせるようにしたかった。おれは平気。大したことじゃない」
「大したことだろう? 中傷されて、尊厳を踏みにじられて、収入を追われて、なんで怒らないんだ?」
「怒ってるよ。だからやり返したんだ」
「じゃあそれをなぜ僕らに言わない? 僕らも当事者だ。ひとりで解決なんかするわけないだろう?」
「いや、させるつもりだった。懲らしめ足りなかったんだって、後悔してるけど」
「だからどうして」
「八束」
 それまで黙っていた大家がようやく言葉を発した。「手を離しなさい。落ち着いて」と静かに言う。
「セノくんが悪いわけじゃないだろう」
「……そうだけどやり方が気に食わない」
「八束、セノくんはね、大学を辞めてあの倉庫を出るそうだ」
 八束から急に手の力が緩んだ。緩んだ手はまだ私の胸元にわだかまっていたが、彼はゆっくりと大家の方を向いて「どういうこと?」と訊ねた。
 四季も可哀想なぐらいに気を張り詰めて私たちの動向に目を瞠っている。
「私が聞いたのは職を移すからという理由で、事務的な手続きをしたぐらいだ。店子の詳細まできっちり追うような大家じゃないからね。詳しいことを知りたいなら、親しい友人という立場のおまえが訊きなさい」
「……引っ越すのか?」
 八束の表情が変わる。怒りに満ちていた顔は、いまは驚きと戸惑いに変化していた。
「いつ?」
「……事務的なことが済めばすぐにでも。ごめん、これはちゃんと言おうと思っていて、ずっと言えなかった」
「そんなに前から決めていたこと、か?」
「大家さん、四季ちゃん」
 胸に置かれた八束の手はそのまま、ふるえる背に手を当て食卓のふたりに向きあった。
「八束さんとふたりで話をしたいので、食いかけだけど、これでいったん席を外します。ごちそうさまでした、美味かった。……八束さん、ふたりになりたい。あなたの自室に上がっていいかな」
「……片付いていない」
「構わない。それともおれのところに来る?」
 八束はうつむき、息を深く長く吐いた。
「二階、行こう」
 荷物を拾い、八束はノロノロと歩き出す。その後を追う。不安げな顔を見せる四季に、「片付けできなくてごめん」としようもない謝罪をして二階にある八束の自室に上がった。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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