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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「空海の構想に手を加えて現代化したものを、実現したいそうだ」
「空海?」
「数として二十一体の仏像の製作となる」
「それは――」私は絶句した。「あまりにも、規模が」
「そうだ。とても大きなプロジェクトで、おれひとりでは到底手に負えない。だからアシスタントを雇うし、おまえの他にも声をかけている作家は他にいるよ。おまえがおれを手伝ってくれるのか、どこまで手伝ってくれるのかは重要。仏像の装飾程度の関わりなら外注という形でおまえもいまの勤めを続けながらアシスタントが可能だと思う。もちろんそういう形でも構わない。けれどおれは、おまえにはおれの工房に入って、朝から晩まで制作に携わってもらいたいと思っている。ああ、ギャラは出るよ。ただし安いから、大学の非常勤は少しは続けた方がいいのかと迷う。本音は全て辞めて欲しいがな。二十一体だ、さすがにおれひとりでは難しい」
「藍川先生はいま工房を、どこに」
「退官したから単身赴任やめて実家に戻ったんだ。ようやく。工房はT。ものすごい田舎だが、だから広い工房を持てる。実家の蔵をな、倉庫とつなげて改造したんだ」
「T……」
 あまりにも遠かった。このままあの川の大きな町で暮らしながら通いで手伝う、という可能性は消える。
「おまえが工房まで来てくれるなら、住居と食事は保証しよう。住み込みだな。制作スペースもやるから、どうせならいまおまえが抱えている案件も一緒に持ってきたらどうだ。柏木が電話で笑ってたぞ。『鷹島静穏のやる気を入れてやってくれ』ってな」
 柏木斎風は藍川からの紹介で知りあっている僧侶だ。通じているのは当然の話だった。
「……やるとして、時期と、期間を」
「時期は、おまえの方で準備が整い次第すぐにでも。制作期間の指定は受けていないが、構想がとんでもなく大きいからな。年単位を覚悟する。一年以内に終わることはないだろう。二年、三年。それぐらいで納品できれば上出来だと先方とは話している。五年ぐらい簡単にかかってしまうようなことも視野には入れている。正直、読めない。手を抜けないから」
「……」
「おまえのいまの生活を捨てろ、とおれは言っている。いますぐ結論は出まいよ」
 仁王門で阿吽がぎょろりと私を睨んでいる。その隆々とした肉体を現した彫刻に負けてしまいそうな気がして、私は足を踏ん張って阿吽を見返す。
 その後、昼食も挟みながらで新幹線の時間ギリギリまで巡った。K駅では土産を買えなかったので車内販売を利用する。ついでに弁当も買う。「いや、一日だとかなり強行軍だったな」と藍川は靴を脱いで座席に足を乗せ、ふくらはぎを揉んだ。
「……せっかくKまで来たなら、おまえは実家に寄らなくても良かったか?」と訊かれた。
「いいです。明日はまた授業ですから」
 弁当を食べる気が失せ、ビニール袋を前の座席にぶら下げた。それから「なぜ先生にこのような依頼があったんですか」と訊ねる。
 藍川は足を揉みながら「タイミングだなあ」と答えた。
「立体曼荼羅なんて、鷹島酷夜みたいに仏師を名乗っているわけじゃないんだからおれは専門外だ。けれどおれの作品を見てくれたっていう人がね、おれに制作依頼を推してくれた。前話として関係者の会合の場を持ったんだが、そういのは仏師の仕事なのではと言ったおれに対して、『昔から仏像を彫るのは仏師だけだったんでしょうか』と問い返されてしまった。確かにそうなんだよな。鎌倉時代あたりでは僧侶の身分になって仏像を彫るっていう集団が出来た。運慶とか快慶だな。けれど近代なら高村光雲は仏師でもあるが、上野の西郷隆盛像の方がよっぽど皆に親しみが深い。彫刻家が仏像を彫って悪いことがあるわけじゃない。それに、依頼主の話じゃこうだ。『どの時代に作られた仏像も、その時代の流れで作られた仏像です。新しい時代の仏像は新しい時代に生きている人間が彫るものです』。それはさ、おまえのところに薬師如来を作って欲しいと頼んできた柏木だって思ってることだろう。人が見たいと思っているのは、おれが作った仏像で、おまえが彫った仏像なんだよ」
「……」
「だから時間がかかってもいいと言われて、ならば真剣に打ち込めるだろう退官後でお願いした。それが今年なんだ。時期が来たからおれは作る。な、タイミングだろう」
 言われて、私は神妙に頷いた。そして息をつき、窓の外を見た。最後の陽が落ちる時間帯、過ぎてゆく町には明かりが灯る。
 T駅まで戻り、藍川とはそこで別れた。藍川はT駅周辺の友人宅に泊まり、明日は大学教授時代に世話になった道具屋に寄るのだという。私はここから先もう少し特急に揺られる。ターミナルまで戻れば、パーキングには自家用車を突っ込んである。旅路はもう少し。
「じゃあ鷹島。おれはこっちで用事が済めば明日には実家に戻る。先に戻っているから、――いい返事を待ってる」
 それで藍川は去っていった。私は乗り換えるべく特急の到着ホームへ向かう。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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