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「おじさん、すみません」
「四季ちゃん、無事だな? とりあえず安全な場所へ避難できたんだから上出来だよ。ええと、この方が店子の方で、大学のセンセ?」
「はい、セノくんはあっちこっちの大学で教えてて。大丈夫です、信頼できる人だから。うちのヤツカくんなんかね、セノくんと仲良くて、誰よりも大好きなんです」
「こんな倉庫にお住まいの方がいるとはなあ」
三人で喋っているあいだに私は改めて新村父のためにコーヒーを入れた。カップが足りなくて、自分が飲みさして冷えていたコーヒーのカップを洗った。そのうち間もなく八束もやって来て、場は一気に賑やかになった。
保護者同士の話が背後から響く。南波家の近くに停まる不審な車に関して、八束は全く気づかなかったという。あまり無理もない話だとは思った。車がどういう行動を取っているかはまだ不明だが、八束は仕事帰りにまっすぐ家に帰ることをあまりしなくなっていたし、休日は逆に家からほとんど出ないからだ。本に没頭するあまり。
「気づいてやれず、姪の話も聞いておらず、保護者として情けない有様で」と八束は新村父に謝罪したが、新村父は「息子が四季ちゃんを構いすぎとるだけですわ」と軽く笑った。
「それより南波さんが気づかれてないとなると、やはり四季ちゃんを狙ってのことかな」と彼は言った。
「四季ちゃんかわいいもんなあ。スタイルが良くて美人だ。なんでうちの正敬とつるんでるんだかさっぱりわかんねえもんなあ」
「親父、うるせえよ」
「まあ、こうなるとひとりで登下校はあまりさせない方がいいでしょう。四季、明日からは僕も車で通勤することにする。朝は送って行こう。ただ、問題は帰りだな」
「そんなのうちに任せてくださいよ。うちは自営ですから、なんなら南波さんがお帰りになるまでうちで預かってもいいです。あ、おじいさんがおひとりになるんでしたか」
「それはありがたいです。父に関しては元気な老人ですし、父ひとりの方が実は人の往来はあるんです。父の友人ですとか、店子の面倒ですとか」
「問題がないようならそうしましょう。あ、すみません電話だ。女房です――もしもし」
新村父は電話に出て、しばらく喋っていた。八束は四季やえっちゃんに不審な車や人物への心当たりがないか再確認している。私がこの場にいる必要性を感じることはなかったが、八束がたまに私の方をちらりと目線だけ投げよこすので、私はそのたびにそっと目を閉じてただ頷いた。なにを了解しているわけではないが、状況への理解を示す、という意味だ。
通話途中の新村父が「四季ちゃん、これから学校の先生が話を伺いにうちへ来るそうだ」と言った。
「南波さんにもお話したいそうです。ですので、ひとまずうちへ移動しましょうか。帰りは南波さんのご自宅まで私が送りましょう」
「ありがとうございます。なにからなにまで、」
「じゃあセノさん、一時的な避難場所をありがとうございました。私ら、行きますね」
「この倉庫は学校との中間にありますから、避難場所にならいつでも頼ってください。大学の授業さえ終われば大概はここで作業してますし」と告げた。
「いやあ、ありがたいですね。ま、これからです、これからこれから。じゃあみんな、車乗って」
車に乗り込む前、八束は私にビニール袋を差し出した。中身はコンビニで購入した弁当やお茶が入っている。
「どうせきみ、食べてないんだろう。こんなんですまない。後日ちゃんと礼はする」
「そんなのはいい。ただ、この先のことは気になるから、連絡をくれると安心する」
「それはする。するけど、しばらくここには」
私はそっと八束の背に触れた。
「これから大変だと思う。時間がなければそれでいい。おれはここにいる」
「……ああ」
新村父の車に四人収まる。ウインドウを下げ、四季は「ごめんね、セノくん」と申し訳なさそうな顔をした。
「いいからさ。早く解決するといいね。いまは不安だろうけど、きみには信頼できる大人も恋人もいる。大丈夫だから」
「うん。……ありがとう」
「それじゃあいいかな? セノさん、お世話になりました」
車は鋭くクラクションを鳴らし、来た道を戻って行った。まだ今夜は長いだろう。だが私は外部の人間であるので、これ以上は関われない。
パソコンの元へ戻り、電源を入れ直す。今度はメールをひらいた。
私は外部の人間で、私には私の生活がある。いくら八束が恋人だったとしても。
メールの最後に記されている番号を、スマートフォンでプッシュする。数コールで相手が出た。
「――夜分にすみません、鷹島です。メール、拝読しました」
いまよろしいですかと訊ねると、相手はひっそりと喜びを滲ませた声で『待ってたよ』と答えた。
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問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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