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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 大学附属の美術館はまんま大学の構内にある。日頃は大学に所蔵している作品の展示となるが、こういう企画展や個展も大学関係者を優先に行われる。だが大学院を修了して以降、私がこの門をくぐったことはなかった。
 八束は気後れするのか後ろにいたが、入館した際に受付横にずらずらと並んだ花を見て「これ全部贈り物なのか」と訊いた。
「んー、そうね」
「今日、その先生にはお会いするのか?」
「いや、なんにも連絡してないから。見るだけ見れれば」
 受付に菓子の紙袋を渡す。ぜひお名前のご記帳をお願いしますと言われ、私は固辞した。
「八束さん、よかったら書きなよ」
 背後に振ると、八束は怪訝な顔をした。
「書かないの、」
「おれはね」
「でもそれじゃきみが来たんだって先生にわからないんじゃないの」
「わかんなくてもいいから」
 そう言うと八束は目をきつくしたが、それ以上は諦めて記帳した。私は先に会場に入る。
 天井の高い館内に、大きな彫刻作品が適切な距離で置かれていた。日曜日で人はいたが、昼時なのでさほどでもない。人物の胸像という具象もあれば、波打つシーツを木に落とし込んだような抽象もあった。前者は若い頃の作品で、後者は最近のものだ。槌目が分からぬすべらかな作品が多い。私が教わっていた時期に発表された作品もあり、心中で挨拶をした。
 私に追いついた八束が、「想像より大きい」と感想を述べた。
「こんなに大きな木を彫るってこと? 当然だけど素材のうちはもっと大きいだろう?」
「んー、先生は器用な方だから。これ全部が一刀彫りじゃないよ。ほら、ここで木目変わってるの分かる?」
 作品のひとつを指し、近寄った。
「あ、ほんとだ」
「ここで別の木材をつなげてるんだ」
「言われなきゃつなぎ目がわからない」
「同じ樹種を使われてるしね。薄く塗装もしてるから、あまりわからないかも」
「これ運ぶのだって大変だろうに」
「木がほとんどだから、彫刻としてさほど重たいわけじゃない。本当に重いのは野外彫刻によくあるような石彫とかブロンズとかさ」
「ああ、そうか。屋内展示できる重さってことか」
 美術館で個展と言っても、建物の規模はさほどでない。ぐるりと一周し、もう一周して、じっくり見ても一時間程度で見終わった。昼を過ぎて人も増えてきていた。八束に「そろそろ行こうか」と声をかける。
「いいの?」
「腹減らない? 店行こうよ」
「僕はいいけど……」
 八束が言いかけたとき、受付から入り口へと歩いて来る人物と目が合った。白いシャツにチノパンを履いた、白髪がぽつぽつと目立つ男。彼は私に気づき、私も彼に気づいた。咄嗟に逃げ出したい気持ちに駆られる。
「――タカシマ!」
 と呼ばれ、私は知らないふりを諦めた。
「ご無沙汰しております、藍川先生」
 それを聞いた八束が私の顔を見て、相手の顔も見たのが視界の端でも分かった。
「来てくれたんだな。ありがとう。どうだ、元気にしてるのか?」
「ぼちぼちやってます。さっき受付に預けたんですけど、お菓子召しあがってください。ご退官おめでとうございます。お疲れ様でした」
「いや、気を遣わせたな。ありがとう。よかったよ、会えて。というか見違えるなあ。そんな髭は」
「先生こそ白髪が」
「そりゃあ定年退職だからな。ゆっくり話したいんだがこれから学長と話をしなきゃならなくて――おまえ、記帳したか?」
「えーと」
「おまえと連絡を取りたかったんだが、実家の住所しか分からなくてね。話があって――名刺かなんか持ってたらくれないか。改めて連絡をするから」
「藍川センセー」
 私と藍川のあいだに学生と思しき若い声が割って入る。私は「M美大の彫刻科に問いあわせてください」と早口で濁す。
「今日は名刺持ってないんです。いまそこで非常勤やってますんで」
「M美だな。タカシマ、逃げるなよ。悪いな、また次ゆっくり話そう」
 藍川は私の肩に軽く触れ、展示室へと入っていった。展示室内に藍川を呼びながら手を振る若い集団がいて、私はそっぽを向いて出口へと進む。スーツ姿の集団ともすれ違ったが、気にせず歩いた。
 すたすた歩いて、いつの間にか大学の正門も抜けていた。院生時代の癖でそこらを確認せずに歩いていたのだ。八束を置いてきていたことに気づく。門の外側まで戻って待っていると、見慣れた白髪頭が門を抜けて来た。
「ごめん、つい院の頃の癖で歩いちゃった」
「……」
「なに食おっか。それともどっか観光する?」
「……」
「悪かったってば。……とりあえず駅まで戻ろう」
 そう言うと、八束はふっと息をついた。今度は並んで歩き出す。中華、フレンチ、イタリアン、創作、寿司、コリアン、と思いつくままに八束に提案してみる。ずっと考えている(もしくは怒っている)風だった八束がようやく口をひらいたのは、駅前だった。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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