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湯を沸かす。沸かしているあいだに「家には連絡した?」と訊ねる。
「別れたことを?」
「ばか、冗談言ってられる場合か。……帰りが遅くなることをだよ」
「いや」
「……おれが電話するよ。四季ちゃんを心配させちゃだめだ」
八束は黙り、指を神経質にすり合わせて俯いた。スマートフォンで南波家のナンバーへコールしながら時間を確認した。じきに九時になろうかという時間だった。
コールは長く続いたが、それでもちゃんと四季が出た。
『あれ、セノくん』
「いまさ、八束さんうちにいるんだ。仕事帰りに凍った道で滑って転んだって言って手当してるところ。ほら、ミナミ倉庫の北側の坂道。あそこまだ雪が残ってて危ないじゃん。そこで転んだらしくて」
『えー、大丈夫なの?』
「ちょっと痛々しい顔してるけど、病院に行くほどじゃないと思うよ。うちで手当して送ってくか泊めるかするから。もし帰って来なくても心配しないで」
『あー、ありがとう』
それで電話を切ろうとすると、四季は小声になって『話聞いてあげてよ』と言った。
『ずっとため息ついたり本に夢中になったり突然出かけたりでさ。ヤツカくん、私やおじいちゃんには言えないことあると思うから』
「……心配かけてごめんね」
ふた言三言交わして電話を切った。ちょうど湯が湧く。八束に茶を入れ、残った分は水で適温にして大鍋に溜めた。タオルを絞る。
八束は俯いていたが、近寄ると顔をあげた。蛍光灯の下で白々と傷が晒される。殴り返したと言ったから、抵抗したのだ。抵抗の甲斐あって傷は最初のインパクトよりは幾分か鎮まって見えた。
「傷、綺麗にして薬を塗ろう。右の頬と右手の拳と、だけ?」
「……」
「言え。もう隠すな。他にどこかあるな?」
八束は視線をさまよわせてためらい、やがて「今日の傷じゃないけど、背中」と答えた。
「……ベルトでぶたれた。結構ひどく」
「……ろくな男じゃないな」
「それを言うなら、……僕だ。僕が楽しんだ……」
八束の顔が歪んだ。
「傷つけて欲しくてたまらなくなる。僕の……だらしない身体を痛めつけられると、相応のことをされたと、罰を与えられたと思って、安心する……」
「……そこまで自分の身体が嫌いなのは、なぜ?」
「まともに異性に興奮できないこと。……きみみたいに離婚の経験とか、夢の話だ」
「いまはそんなことを罪に思うような時代ではないよ。同性のパートナーを選ぶ人もごく自然に受け止められている」
「そうでも、気持ち悪いだろ、」
「おれはそう思わない」
私ははっきりと答える。八束は目を細めた。
「思わないけど、おれも自分のことは好きじゃないな。自信を持てといろんな人に言われるけれど、……おれだって自分が嫌なときは、自己嫌悪で胃が痛んで食欲がなくなる。これも自傷行為なのかも」
「いや、危機回避だろう」
「どうかな。どっちにしろ、身体のアラートなんだろう」
「そうだとしても……僕はきみが羨ましいよ」
軽く笑おうとして、私は笑えなかった。八束の指先はまだふるえている。ポーカーフェイスはもう気取れない。これを流してはいけない、と直感する。
「男性的な身体をしていて、女性を愛せる。四季を見ていると思う。これは男女の成した結果だって。親父も姉貴もそれが出来た。姉貴はシングルで父親を明かさないまま四季を産んだけれど、でも、成した」
「八束さん、そんなのはね。たとえ女性と付きあえて結婚したおれでも、結果的におれに子どもはいないんだから、同じことなんだ」
もう一度湯にタオルを浸して絞った。絞って八束の頬に当てる。邪魔だったので眼鏡を外した。
「子どもを残すことだけが人の成すことじゃない。知識や技術とか、残すものは山ほどある。あなたがすべきは身体を傷つけることではなくて、むしろ早世してしまったお姉さんの代わりに四季ちゃんの保護を担っているのだから、きちんと役割は果たしているんだし、それこそ人の成すことをしてるんだ」
「きみは」
八束の手を取って指のこわばりをほぐすようにタオルで拭っていると、八束は息をついた。やけに耳に障る吐息だと思った。
「成したいことが、あるのか」
「おれは」
もう片方の手を取った。こちらは反対側の手よりも傷が少ない。
「芸術の傍にいたい」
「いるじゃないか」
「こんなんじゃだめなんだ」
手のこわばりを確認し、私は上を向いて息をついた。
「そっち、ベッドに服を脱いで横になって」
パーテーションで区切っただけの部屋の暗がりを指した。そこには普段私が寝起きするベッドが置いてある。
「背中も見るから。傷のあるところを上に向けて寝て」
八束は俯いたまま、立ちあがってベッドの方へ行った。私は湯を沸かし直す。まだ強い北風が吹いていた。
沸かし直した湯と救急箱を持ってベッドのパーテーションをくぐる。暗がりで八束が半裸でベッドにうつぶせていた。途端、私はぎくりとする。内臓を焼くような痛みか熱さが走った。
白く厚みのない背中に、数本の痣が蛇のようにのたうちまわっていた。顔や拳の傷よりはるかに酷かった。どれだけ力一杯打てばこうも腫れるというのか。想像したくなかったが、想像が及ぶ。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
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短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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