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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 一月の最終日、盛大な寒波がやって来て雪が降った。私の実家や大学時代を過ごしたFはどちらかといえば豪雪で有名であったため、これぐらいの雪ならかわいらしいものだと思っていた。それでもこの町にすればかなりの降雪量だったらしい。融雪剤が撒かれ、家々は除雪作業に追われる。川に雪を捨てに来る軽トラックもあった。
 倉庫の窓から、川面が見える。雪はしんしんと水面に吸い込まれるように降った。川べりに茂る枯れた葦草にも細やかに雪は積もり、どんどん白く覆い隠されていく。私は雪が好きだが、この町へ来てからはもっと特別なものになったような気がする。私を私だと告げなくてよい安心感というのか。滅多に降らないせいかもしれない。
 静かな夜を過ごした翌日、家まわりの雪だけ掻き、除雪対策を施しておいた車を発進させて南波家へ向かった。
 庭で八束が雪を片付けていた。平日だからいないだろうと思っていたのに、長靴を履いて雪を寄せている。私に気づくと目をきつくした。白い吐息が風に流れる。
「大家さんは? 今月分を持ってきたんですけど」
「いま昼寝してるかな。僕が受け取ります」
 玄関先で八束は封筒の中身を改めた。その白い髪を見て、私は「今日は仕事じゃないの?」と訊いた。
 八束は私を見ないまま「いま冬季休館中だからね」と答える。
「仕事はあるけれど、通常みたいな働き方はしなくていいから。雪で通勤が困難な職員は休んでいいと昨夜のうちに通達があった。僕は大変なわけではなかったけど、雪で店子に色々問題が出たときの対処要員で休みを取った。セノさんのところは大丈夫?」
「ああ、大丈夫。これでも雪国育ちで慣れてるから。ありがとうございます」
 それから間が出来た。八束は家に戻り、封筒に領収印を押して戻ってきた。
「じゃあ、今月分はこれで。ご苦労様」
「……はい」
 頷き、私は南波家を去ろうとする。お互いにぎこちなく、気まずく、上辺でしか話せない。もっともこれが通常の距離間だろうか。
 背を向けた私の背中に、ばしっとなにかが当たった。なにかを投げられた。振り向いて確認すると、コートの背に雪がべったりとついている。その向こうに、こちらを睨んで八束が立っている。手に雪玉を作っていた。
「簡単に帰るな、ばか」
 雪を投げつけられる。ばしん、と私の肩にヒットした。
「あれから全然、来ないし」
 また投げられた。それはコートの裾に当たる。
「ひとりでいる主義とか言って」
 私は雪まみれのコートを払い、数歩近寄る。八束は後退り、こわばった表情を見せた。
「……セノ先生は、隠し事が多い……」
「あのラブホ街の傍のコンビニで一緒だった女性なら、そういう関係ではないよ」
 そう言うと、八束は「肩を抱いてあんなコーナーをうろついてた」と反論した。
「彼女の靴が壊れたから、修理に使えそうなものを見繕ってた。あの人はね、おれの奥さんだった人です。離婚した元妻。いまは結婚して海外に住んでるけど、あの日は帰国ついでに会ってあの近くで食事をしてた。誕生日だったから、祝ってくれたんだ」
「……」
「離婚して全く関係がなくなるカップルもいれば、交流が続くケースもある。彼女とは大学で知り合っているから、おれたちとしてはサークル仲間とか、同期とか、そういう感じが続いてる。旧友を暖める、っていうのかな。それに頻繁に会うわけでもない」
 私は頭を掻いた。
「おれに訊きたいことは、それだけ?」
 八束は目を逸らす。
「おれにも訊きたいことはあるんだけど」
「……まさかあんな場所のあんな場面で遭遇すると思わなかったから」
「そうだね、お互いに。……別れたんじゃなかったの、」
「……」
「また酷い痣ができてないといいな、と思ったけどそれを確かめることまではしなかった。そこまで踏み込むべきではないと思ったし、」
 八束はそっぽを向いて黙っていたが、やがて白い息を盛大に吐き出した。
「難航してるだけ。じきに別れる」
「すぐ別れる相手とは、積極的な肉体関係には及ばないと思うよ」
「言っただろ、身体の相性はいいんだよ。求めが一致してる」
 八束はうつむいた。「全く忌々しい」と呟く。
「僕は自分の身体が嫌いだ」
「だからって傷つけていい理由にはならない」
 私はマフラーを外した。いつでもなにも隠さない八束の首元を、温めてやりたいと思っている。八束の傍に寄ると、今度は逃げなかった。
「もっと言えば、おれは自分の精神が大嫌いだ。弱くて、女々しくて、臆病で、そのくせ気が大きい。とてもじゃないが自信なんて持てない」
 マフラーを八束の首にかけた。
「いつでも殺してやりたいと思っているのに、でもどこかでそういう自分を愛しているんだよ。自分を殺さないためかな。嫌になるね」
 私は背を向ける。背後から「セノさん」と声がかかったが手を挙げるだけで振り向かなかった。
「せめて風邪は引かないように」
 南波家の門扉をくぐって車の元へ戻る。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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