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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「一緒に鍋をつつくあてならあるし。この正月にも鍋やったよ。寄せ鍋だったけど」
「あら、じゃあ私と誕生日を過ごしてる場合じゃないわね?」
「友人で、という意味で」
「そう。そうか。そうね、……それがいいんだろうね、セノは」
 夏衣はキャベツをしゃくしゃくと咀嚼して、焼酎で息をついた。
「人と近過ぎてはいけない。あなたの場合はね」
「ああ」
「いま制作に至れていないのは、なぜ?」
「……」
「小品でもいいから発表してくれないと、私は困っちゃう。浮気して離婚切り出した私が言うことじゃないけど、でもこの離婚は間違ってもいなかったって証明してくれないと」
「過呼吸の症状が出なくなったんだから、間違いでなかったことは証明されてるよ」
「髭で誰だか全然分かんなくなっちゃったね」
「……」
「誰だか知られたくないの? それともこれも自分だって言いたいの?」
 私は答えない。ただ目を伏せる。
 一時間半ほど食事をして、店を出た。誕生日祝いだと言って夏衣が支払いを済ませた。歩きたいと言ったのでコインパーキングに車を置いたままホテルまで歩く。途中、隣を歩く彼女がかくっと膝を折った。てっきり酔っ払ったのだと思いそちらを向くと、「折れちゃった」と夏衣はブーツのかかとを上げた。ヒールがぷらぷらとぶら下がっている。
「おおっと」
「やだもう、気に入ってたのに。ちょっとセノ、肩貸して」
「歩ける?」
「なんか痛いなって思ってたのよね」
 近くのベンチに彼女を引っ張り込み、靴を脱がせた。ヒールが根本からぽっきりと外れており、釘が飛び出ていた。この釘が中敷きを圧迫して彼女のかかとを刺激していたようだ。このままでは中敷きを貫通して刺さる。
「これじゃ歩けないな。車取ってくるからここで待ってられるか? ホテルまで送るから」
「これしか履く靴がないの。直して」
「道具がない」
「応急処置でいいわ。明日、空港のリペアに持ち込めるまで保てばいいから」
「おれ靴の専門家じゃないんだけどな」
 私は笑った。それから辺りを見渡す。何十メートルか先にコンビニエンスストアが煌々と明かりを灯して営業していた。なにかあるかもしれないな、と思う。
「ここで待ってろよ。ちょっとコンビニ見てくるから」
「えー、こんなところでひとりで待たせるの?」
「こんなところって」
「そっちの路地、いきなり繁華街よ」
 指をさされた方向を見る。確かに狭い路地にネオンが光っている。肩を抱いて歩くカップルも見る。なるほどネオン街、と思う。
「分かったよ。肩こっち」
 夏衣を抱き抱えるように支え、つっかえつっかえ歩き出す。コンビニだったら生活雑貨のコーナーが有効だろうと思ってその棚を見たが、見た途端にぐらぐらした。さすがネオン街近くのコンビニ。性行用のラテックスが種類豊富に揃っていた。
 それでも私は、この隣の女とセックスしようとは思わない。むしろラテックスも修理素材として使えるか、なんてことを現実的に考えた。コンドームを巻きつけたらさすがに猥褻になるのかな。そういうコンセプトアートがあって、作者が訴えられて表現の自由と論争になりそうだ。
「あ、これ使えそうじゃない?」と夏衣が手を伸ばした先、別の方向から伸びた手とぶつかった。ごめんなさい、と夏衣は口にする。手を伸ばした男は無言で頭を下げた。その頭がきらっと白く光って私は咄嗟に男を見た。
 八束だった。八束も私に気づく。視線が一瞬絡んで、お互いを認識する。
 八束の背後にいた若い男が、「ぼけっとしてんじゃねえよ、おっさん」と八束に耳打ちした。八束は私を見ないままスキンをひと箱取って、足早にレジへと向かった。
「セノ?」
 夏衣が私を覗き込む。いや、と私は頭を打ち振って夏衣の手にした絆創膏を受け取った。
「つかえそう」
 他にもものを買い足し、レジを通して店を出た。夏衣を引きずるようにしてコインパーキングまで戻り、座席に彼女を座らせて、後部座席に押し込んだ工具箱を漁って靴を直す。
「さっきのコンビニ、知りあいでもいた?」と彼女は私の手元を見ながら訊ねた。
「どうして」
「あれから黙ってるから」
「いや、」釘の部分に私はコットンを貼る。「知人に似てた気がしたけど、気のせいだった」
「そう」
「こんなもんでどうだ」
 テープとクッション材でいったん仮止めした靴を夏衣に履かせる。彼女は「良さそう」と言った。しっかりと固定すべくビニールテープを取り出してぐるぐると巻く。
「見てくれ悪いけどいまはこんなもんだ。修理店まで保てばいいけど、明日朝イチで靴屋に飛び込んだ方がいいと思うけどな」
「いいの。ありがと。こういうところはさすがだね。ウィルじゃできない」
「彼、苦手?」
「アイディアマンだけど、手先はぶきっちょ。セノの器用さには敵わない。まあ、敵ってる人見たことないけどね」
「ホテルまでこのまま送る」
 車を走らせ、ホテルで彼女を降ろした。歩けていそうなので中まで付き添うことはやめた。あっさりと別れ、私は家路へ着く。脳裏に浮かぶのは先ほどの八束だった。
 先日の正月、彼は酔っ払って私に性癖を打ち明けた。彼は乱暴な男と付きあっているという。情はなく、別れる、と言っていたが、酔いの席での発言の真意は怪しい。
 あの後ろにいた男。蛇みたいに細い目と身体の印象が残っている。若い男だ。ホストか黒服でもやっていそうな印象だ。まともな職業ではないように思う。
 あれが乱暴者の男なのだろうか。それとも別れて、今夜新しく遊ぶ相手なのだろうか。分からないけれど、八束はコンドームの箱を購入して行った。あの路地の先の歓楽街で一夜を過ごすのだろうか。
 たどり着いた家は、冷え切っていた。ストーブを着け、湯を沸かす。大鍋にたくさん沸かした。それをたらいに入れ、足先を突っ込みながらタオルを浸し、身体を拭う。途端に鳥肌が皮膚を走る。
 乱暴者の男と、どう遊んでいるのだろう。以前は縛られた痕があった。今回もそうされるのだろうか。殴られたりしていないか。あの痩せた身体に痕がつかないか。
 ふと私は、自身を拭う手を止めて、私の腹を、腹の先にある股や性器を、腿を見た。
 浅黒く、太く、体毛の覆う、男の身体だ。八束は多少は違うだろうが、それでも同い年の男だ。若い女のやわな肌ならともかく、いい年した男の身体をどうこうして喜ぶ嗜好は私にはない。けれどあの蛇の目の男なら八束に施す気がした。サディスティック極まりない方法で。じわじわと食い締めるように。
 八束はそれを喜ぶのだろうか。望んでそうされたいとしているのだろうか。身体に施される苦痛を、愉悦と捉えてふるえるのか。性器を漲らせ射精するのか――どんな顔で、どんな声で、どんな吐息で。
「――っ」
 気づけば私のてのひらは白く汚れていた。湯でぱちゃぱちゃと流す。夜の倉庫、湯あみをしながら私は八束に興奮したのだ。自分の胸や腹が忙しなく動いているのを見るのが嫌で、タオルで拭って早々に着替えた。
 いま、なにを考えた?
 嫌悪感がこみ上げる。八束に対してではない。他ならぬ自分に対してだ。胃のあたりがひやひやとして、そこを思い切り拳で殴りつけた。
 こんな場合ではない。
 こんな場合ではないのに。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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