忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 匂いを嗅いだ。なんの匂いなのかがわからないが、この場に不釣り合いな匂いだと思った。古臭い、油のような匂い。独特で、でも日ごろ静穏から漂う材木と混じった機械油の匂いとも違う。だが食品などでは決してない。むしろ有害さを感じるような。
 視界は、塞がれているのでどこから漂っているのか方向でしかわからなかった。手は、頭の上で拘束されているのでやはり確かめられない。ベッドにうつ伏せて尻だけあげる格好で、畜生にでもなったこれを、望んだのは八束だ。無理を言って頼みこんだ。正直、とてつもなく勇気のいる要求だったのだが、静穏は苦笑して、最終的には承諾してくれた。
 その匂いの元を確かめようと、必死で不自由な身体を捩って鼻面を匂いの元へ近づけようとしたら、無言のまま、前触れもなく、背後からひと息に静穏の逞しい男根に貫かれた。
「――あああああっ……あぁっんっんっんっ……――」
 衝撃で、だらしのない身体は快楽の頂点を見て、数度に分けて盛大に漏らした。過去の男と比べるのはとても失礼で無粋だと承知で、でも八束はどうして、と思わずにはいられない。静穏は終始無言だった。こういうときは、少なくとも八束が過去関わってきた男たちは、言葉で八束を嬲ったものだ。漏らしやがったとか、舐めろとか、この犬が、とか。蔑みの言葉に行為を乗せて、ぶったり蹴ったり髪を掴んだりと、身体を好きに扱われる。それが好きだったはずなのに、いま自分は、明らかに興奮していた。沈黙を貫く静穏の息遣いと、局部から粘る水音だけが聞こえる。
 顔をシーツに擦り付けていたら、目元を覆う布地がずれた。視界が自由になっても、匂いの元は知れなかった。快楽に負けて負けて仕方のない身体をなんとか捩り、静穏を振り返る。その顔を見て、腹の底から恐怖を感じた。静穏の瞳に宿っていたのは、興奮ではなく、冷徹だった。どこまでもつめたく、蔑みも嘲りも侮りさえも存在しない、虚空の瞳。
 底のない真っ暗な洞穴を覗き込んでいるかのような心地だった。この奥に、なにかとてつもなく恐ろしい、八束にとって怖いものが潜んでいる。それに見られている。存在を舐めて、審判されている。――こんなに怖いものがあるだろうかと、全身に寒気が走り、体表が粟立った。その萎縮で中にある静穏をきつく締め、そのまま自身の底知れぬ、覚えのない快楽へと転がるように落とされてしまった。
 ヒュ、と喉が鳴る。静穏は八束の腰を無遠慮に掴み、腰を動かしはじめた。時折止まり、じっと見る。つながる場所をなぞられ、性器の入るそこにさらに指を入れられて、八束はもう身体も、心も、よすがを失って身悶える。
「――あっ、や、やだっ……無理だから、からっ……静穏、『もうやめてくれ』……っ」
 それをくちにできたのは、冷静な判断からではなく、心からの懇願だった。だが静穏はそれにちゃんと気づいた。気づくぐらいに冷静でいたのだろうか。あの目には、興奮がひとかけらも宿るようには思えなかった。
 指を抜き、性器を抜き、ずれた目隠しを外し、両手の拘束を解かれた。それで、仰向けにそっと寝かされた。
「――大丈夫?」
 八束を気遣って覗き込まれる。その目には心配と愛情がこもっていて、一瞬で安堵した。八束が「やめてくれ」と言ったら、この無茶な行為はいったんやめる。それをちゃんと実行して、いつもの、少なくとも八束に親しい静穏が戻ってきた。
 ぼろぼろと涙が止まらない。泣くつもりもないのに、涙ばかりが出た。目玉から水分だけが勝手に落ちる、という感じで。泣きながら静穏の太い首に腕をまわし、縋りついた。
「大丈夫? ごめん、やりすぎた? 八束、八束?」
「うー……」
「八束、」
 そんなに優しい声で呼ぶな、と思う。さっきまでの恐怖に、あまい後味があるとわかったら、これから先もっともっととねだりそうでそれもまた怖い。
「……大丈夫、」
「本当に? もっと泣いてていいよ」
「いや、大丈夫。びっくりしただけだ。……静穏、きみはいってないだろう」
 腹に当たる静穏の性器は、ぬめっていて、まだ太く、力があった。
「ゆっくりしてくれたら大丈夫だから、……いつもみたいに、」
「いいの? 無理してないか? だって泣くほど」
 辛いんじゃ、と言うはずだった唇を、くちで塞いだ。
「――ん、八束。本当にいいのか?」
「いいんだ、……してくれ。これが、まだ、欲しい」
「……あんまりそういうこと言うなよ、」
「え?」
「困ってしまう」
 ゆっくりと挿入された。ゆっくりするのには、とても力がいるんだとわかった。だってさっきよりも静穏の手指に繊細な力がこもっている。耳の横に置かれた手を握ると、それがわかる。
(――あ、)
 指に唇を寄せて、さらにひとつわかった。
(静穏の指からする匂いだったんだ)
 この古ぼけた匂いは、そのうち気にしていられなくなるぐらいに、なった。
(――気持ちよさそうな顔になったな)
 目を閉じて、集中して、静穏は快楽のために八束を穿つ。雫になって落ちる汗を、甘露かのように舌で味わった。


→ 中編

拍手[9回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501