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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「――悔しいことに、宅間のようなクズの発言を僕は理解した」
「ん?」
「びっくりした。きみは才能がありすぎる」
 セックスして、そのまま寝て、起きて、朝湯をもらいに行って、朝食を買って戻ってきた。ミナミ倉庫の居住スペースで、コーヒーをすすりながら新聞を読んでいる静穏にそう告げた。静穏は最近になって、いわく「わかってたことなんだけど」だいぶ早めの老眼がやってきて、文字を読むときは眼鏡をかけるようになった。八束の白髪同様に、父親の遺伝だという。
 ごうごうと洗濯機のまわる音がしていた。朝の音だな、と思う。四季が寮生活を始めてから、八束とその父親はすっかり「気ままな独身生活」を楽しむふうになってしまった。多趣味の父親はしょっちゅう出かけるし、八束もこうして気兼ねなく静穏の元へ来る。さすがに静穏の制作が混んでいるときは遠慮することもあるが、今日みたいに「先方の連絡待ちで」みたいにぽかりと空いた時間に会えて一緒にいられるのは、とてもいいことだ。少なくとも八束はそう思う。
 しばらく新聞に夢中になっていたふうの静穏が、ぱきぱきと音でも鳴らすかのようにぴっしりと綺麗に新聞を畳んで、「ごめん、なんだって?」と問い返した。
「サディスティックな方向への才能」
「あ?」
「ずっと前にあいつが言ってたから。きみにだったら解体されたい、と思えると。僕みたいな性癖を理解する気持ちになった。つまり、きみがした仕置きが気持ちよかったんだ」
「ごめん、よくわからない」
「つまり、昨夜の行為は僕にとってたまらなかった、ということだ」
 ん? 心底解らぬ話をされている、そんな顔で静穏は眉根を寄せた。
「だって昨夜は、八束から中断の申し出があったし、泣いてたよ?」
「涙が出るほどよかった、という意味……あんまり言わせるな、ちょっと恥ずかしい」
「そう? いや、おれの方はついやりすぎたと思って反省して、まだ申し訳ない気持ちで今朝もぼうっとしてるんだけど、」
 そう言いながら眼鏡を外し、「あーでも」と言葉を区切った。
「八束はこんなふうになってしまうんだな、というのは、なんていうのかな、感慨深いものがあった。これが八束にとっていいのかよくなかったのかは訊かないといけないと思ってたから、八束が喜んでくれてたんなら、おれもまあ、よかったとは思うよ。たまに、程度は」
 大きく伸びをして、「よかったんだよね」と訊ね返された。
「僕は、すごく。……すごいと思ったのは、あれだけびくともしなかった拘束だったのに、痕がまったくついてないことだ。魔法みたいにあっという間に縛られて、魔法みたいに動けなくされたのに、そんなことはあるのか、と。なにより、目が凄かった。……あの目は、うん、凄いな。とても怖かった。本気で死ぬかと思えて、……僕はそういうところに興奮するような男だからな。たまらなかった。だから余計に、不安だ」
「不安?」
「きみにとって負担ではなかったかと。きみは決して、楽しんでいるようにも、興奮しているようにも見えなかった。とても巧かったんだけど、きみ自身は」
「まあ、楽しくは、ない。そうだな、楽しむ感じはないよ」
 それを聞いて、やはり、と落胆する思いがあった。けれど静穏は「興味のスイッチが入った」と言葉を足した。
「おれがすることで八束はどうなってしまうのだろうか、という興味。どこをどう触れるとどういう反応があるのか、それはどういう結果になるのか。まあ、感じとしては理科の実験みたいな気分になるからさ。好きな人にはあまり向けたくないかな。世の中には愛着あるものを収集して手に入るところに置いておきたいとか、飾って眺めたいとか、そういう趣味のある人は結構多いと思うんだけど、じゃあ八束を飾って眺めておいたら満足、というところへの興味は持てないから、というか、大事な人とは一緒に生活を営みたいと思っているから、あの一線は超えたくなくて、だからおれには、申し訳ないけど、八束の趣味嗜好を満たしてはあげられないかもしれない。おれは過去の恋人に散々ひどいことをしてきたけど、もしかしたらそんなに好きでもなくて、興味しかなかったから出来たことなのかなと。大事な人だとは思わなかった、というのか」
「……」
「ごめん、うまくまとまんないや。分かるかな。伝わった?」
「……うん、」
 静穏の台詞に、かえって呆ける羽目になった。つくづく、この人は言葉を発しはじめたら率直だなと思わざるを得ない。八束のことを臆しもせずに「好きな人」とか「大事な人」という。静穏が過去の恋人たち相手に芸術的な意味合いで無茶を施したことはうっすらと聞いてはいたから、彼女らと比べても八束は比べ物にならないと言われているようで、身体が心もとなくなる。そこまでの愛情を抱いてもらっても、自分は静穏に昨夜された「興味のスイッチ」さえ向けてもらいたい。本当に解体されたっていいのだ。静穏のあれもこれも欲しがっているから、手に負えない。
 だが、静穏はどうやら「興味のスイッチ」の中で興奮して性欲を発揮させるような趣味は持ち合わせていないようなので、やっぱりこれは、決まり事を作って、特別な日だけにしてもらおう、と自分を戒める。片方だけが喜ぶようなセックスは、この人とは嫌だ。
 考え込んでいたら、「八束?」と声をかけられた。
「あ、いや、ごめん。昨夜みたいなことは、なにかスペシャルな日だけにしておこう、と思ったから。きみの負担になりたくない」
「いや、八束がしてほしいならするよ」
「そういう、どっちかだけが楽しくて片方が醒めてるみたいなのはさ、あんまりよくないなって。それに僕は、きみの普段のやり方もすごく好きだ」
「そう?」
「うん。触り方が器用だと本当に思う。指の固さが――あ、」
 そこでふと昨夜の匂いのことを思い出し、静穏の手を取って匂いを嗅いだ。
「あ、やっぱりまだちょっとする」
「なに、なに?」
「いや、昨夜なんか油みたいな? 匂いを嗅いで。きみの指からしてたようだったから、なんだろうって」
 鼻面から静穏の手を外し、太くごつごつとしたてのひらを見てみると、爪のあいだが青緑の色をしていた。普段、ここは主には黒い。それは作業の汚れが洗っても落ちずしみついてしまっているからだと分かっているが、色がついていたことはなかったように思う。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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