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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「そうですね。あなたが渡してくれなかったら、鴇田さんとこんなふうにまた飲んでるっていう夜はなかったと思います」
「なんか、すごいすね」
「そうかな?」苦笑してしまう。
「あの、それで……国交が回復したのは分かったんですけど、また頷いて笑ったりするわけですか?」
 今度は意味がよく分からない。
「いやあ、……鴇田さんの気持ちをご存知なんでしょうから、そのー、それでも鴇田さんの気持ちに応えられない、けどこうやってふたりでいる、っていうのは、鴇田さんにとってもあなたにとってもどうなのかなー、と。ひょっとして繋げちゃいけない縁を繋ぐようなものを手渡してしまったのかなーと思っていて、」
「ああ、おれが結婚してる前提の話だね。いえ、おれはこの通り」左手を見せる。「離婚しまして」
「えっ?」
「だからという訳ではないんですけど、彼とはきちんとしたいと思うし、するための努力は惜しまないつもりです」
「……」
「なに頼みますか? 酒はまだ飲めないんでしたっけ。フードメニューもらいましょうか」
 伊丹に頼んでメニューをもらった。だが日瀧はさして目も通さず速攻で「サーロインステーキにパンつけてください」とオーダーすると、椅子を回転させて暖に向き合った。
「――鴇田さんとお付き合いしてる、ってこと、っすか」
 茶化す様子もなく、いたく真面目にそう訊かれた。誰かにそうと告げたことはなかったし、鴇田とも特に確認した訳ではなかった。だが言葉にしてみて決まる事柄もある。暖は頷いた。
「少なくとも彼はおれが好きで、おれも彼のことを大切に思っています。大事にしたい関係です」
「――」
 日瀧は噛みしめるように顔をくしゃくしゃにして、「うわ」とまた最初と同じ苦悶を漏らした。心臓を押さえている。
「すげーです」と言った。「おれ全然コドモだ。すげーな。刺激が強くてなんか、震えます」
 あまりにも真剣に悶えているので、暖は笑った。
「鴇田さんは、あなたに親しいんだね」
「あ、いや、おれがってか、おれたちが勝手になついているだけで、鴇田さんは迷惑に思っているかもしれません。でもおれがあの店に出入りしてたって話をしたら、再オープンでピアノを弾くからって声をかけてくれました。そういうところがまたなんていうか、いいんですよね。そうかあ。鴇田さん、そっかあ」
 腕を組んでしきりに頷く。それから「大人ってすげえっすね」と言って前を向いた。
「鴇田さんって、自分のことを自分から進んでは話さない人じゃないですか」と言った。
「そうかもしれないですね」初対面で喋った時のことを思い出す。暖の質問に痞え戸惑いながらも真摯に答えてくれた、という印象だった。
「それと、人と距離を遠くに取りがちっていうか」
「ああ、そうだね」
「それが、おれが見ていた三倉さんと鴇田さんだと印象が違うんです。いっつもふたりで肩並べて、なに話してんだかとにかく近い距離で酒飲んだりめし食ったりしてた。ひとりの時は存在感消すぐらい分からないのに、三倉さんと一緒だとなんていうのか、えーと、存在が生々しくなるっていうか、人間に戻るっていうか」
「へえ」面白い表現が出たな、と思って相槌を打った。日瀧にもじっくりと話を聞いてみたら面白そうだという記者としての好奇心がくすぐられて、自身に苦笑する。
「三倉さんと一緒にいる鴇田さんは、この人は音楽の神様の使者とかそういう超越的な存在じゃなくて、眠りもするし、食べるし、きっときちんと欲求のある人間なんだなって思うんです。会社に入って鴇田さんがいたのは偶然でしたけど、仕事はこなしてもそれ以上の関わりはやっぱりない人だったので、どういう人だろうってずっと考えていて、……飲み会のときに好きな人がいてしんどいっていう話をぽろっと聞いて、そっかあって思ってました。この人このまんまじゃやっぱり人間から離れそうな雰囲気だったんで、どうにか人間に戻らないかなって。心配だったんです。だからなんていうのか、安心しました。またあなたと一緒で、それもうまくいってて」
「……あなたが一端を担ってくれたんですよ」
 暖はもはやそう言うしかなかった。こんなに後輩から慕われていて、鴇田をひとりにしない人がいてくれてよかったと思う。ピアノをころころと鳴らし続けている男の方を見る。背を丸めて熱心に鍵盤に触れている男の振る舞いが愛おしい。音楽の神様の使者――でも暖といるときは人間。
 いい表現を使うなあと思って隣を改めて見ると、オーダーがやって来て若者は肉にかぶりついていた。
 暖はそれを微笑ましく思いながら音楽に耳を傾け、時折酒を飲む。目を閉じて音に浸り、鴇田を見たくて目を開ける。空腹を満たそうと食事に目一杯夢中になっていた若者は、ある程度腹がくちてふと顔を上げ、暖に「食わないんすか?」と訊いた。
「酒とオリーブだけで足ります? 腹」
「この後約束をしてるから、そんなにはいいんだ」
 今夜の演奏が済んだら鴇田が暖の部屋に来ることになっている。はじめて暖が手料理を振る舞う日だ。部屋に戻ってすぐに食べられるよう、あらかたの仕込みはしてきた。
「約束?」日瀧は怪訝な顔をした。
「約束の中身までは申し上げません。ご想像でどうぞ」
 そう答えると日瀧は察したか想像したか、落ち着かない様子を見せた。
「やっぱ大人っすね」と言う。なにか激しく勘違いをされているような気がしなくもないが、「そのうちあなたもね」と言うにとどめる。
「そーいえば鴇田さん明日の仕事休みだ」とグラスの水を飲み干して呟く。
「あー、そうか。いや、なんかまあ、大人っていいすね」
「日瀧くんに恋人はいないの?」
「いないです。いたこともないので、遅いんですかね、おれは」
「いや、こういうのは人それぞれです。あなたの場合はこれからなんです、きっと」
「欲しいと思ったこともないんですけど、なんかいま無性に恋をしてみたいです。出会いたいなあ」
「出会える出会える。まだこれから充分」
「説得力が違いますよね。とりあえず早く飲酒年齢に達したいです。それでこの店で飲んでみたい」
「いい目標だと思うよ」
「そのときは付きあってくださいよ。鴇田さんと」
「そのときはあなたのいい人と一緒がいいんじゃないかな」
 やがてピアノが止まり、店内でぱらぱらと拍手が湧いた。


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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