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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 次に目を開けたとき、部屋は明るく眩しかった。朝日どころではない光がだいぶ高くのぼっている。昨夜の雨雲はすっかり流されてしまったようだ。
 フローリングにじかに敷いた布団の上でしばらくぼんやりして頭を掻く。スマートフォンで時刻を確認すると、正午に近かった。
 そのスマートフォンにメッセージが入っていた。ここにいない鴇田からだ。「仕事なので行きます」とある。鴇田の仕事は朝が早いことを知っている。昨夜あんな演奏をして、あれから暖の部屋へ連れ込んで、話をして、眠ったのは何時だっただろうか。ろくに寝ていないんじゃないかと思い、無理をして身体を動かしていそうな男の元へメッセージを送り返した。
『仕事が終わったら電話をください』
 暖は伸びをして、シャワーを浴びる。今日が休日でよかった。鴇田は出かけて行ったが、若いから無理もきくのだろうかと思った。洗濯機をまわしながら遅い朝食兼昼食を取り、新聞やネットニュースをくまなくチェックして洗濯物を干し終えるころ、電話が鳴った。
「――終わりましたか?」と訊ねる。電話の向こうで男は「はい」と答えた。
『三倉さんは起きましたか』
「起きた起きた。あのさ、今夜。まあ今夜じゃなくてもいいんだけど、めし食いに来ません?」
『三倉さんのところに?』
「鴇田さんのとこに作りに行ってもいいけど」
『食いに出掛けるんじゃなくて?』
 男の台詞に思わず笑みがこぼれた。そうだよなと納得してしまう。いままで暖と鴇田が過ごして来た日々は、そういう時間が多かった。
「おれが料理上手なの、知らないでしょう」
『……知らないですね』
「そういう話をさ、しないで昨夜は寝ちゃったことが惜しかった。全部話そうと思ったら夜が明けても足りないだろうから無理ない話なんですけどね。でも考えてみればいまゴールデンウィーク真っ最中なのに、連休の予定すら知らないなあって」
 連休中はなにかとイベントが多いので、取材に出掛けることが増える。だから暖は通常通りだ。鴇田はどうなのだろうと訊ねると、やはり通常通りだと答えた。そりゃそうだ。遊んでいても働いていてもごみは出る。
『でも、祝日出勤扱いにはなるんです。特別手当がつきます。その分あとで休みも取れるし』
「そうなんだ。じゃあおれもそのころに合わせて休暇申請してみようかな」
『一緒に休みを取る?』どうして? という疑問が付加されている。
「どっか行ってもいいし、行かなくてもいいけど、一緒にいられるからですね」
 そう言うと電話はしばらく沈黙した。ややあって絶句した男が慌てて息を吸う音が聞こえた。
『いや、なんか、その』
「どうしたの?」
『僕はいままで散々ひとりでいたので、……誰か特定の人と予定をすり合わせて一緒の時間を作るとか、お互いの部屋に行き来をするとかの、発想がなくて』
「ああ。鴇田さんに抵抗があるなら、外飲みぐらいからじわじわやりますか? 急いても仕方ないですしね」
『……じわじわ、の先になにがあるんですか?』
「わかんないけど、気持ちがよくて楽しいことだといいですよねえ」
 電話の向こうはまた絶句していた。沈黙の中でどんな考えが巡っているんだろうなと想像するのは楽しかった。
『――再来週、またピアノを弾きに行くんです』と男は答えた。
『そのあとで、あなたの部屋に行きたい。――って、言っていいんですよね』
「ええ、もちろん」と暖は笑って答えた。
「店にはおれも行こうかな。仕事だろうから、片づき次第だけど」
『じゃあセットリストはとっておきにします』
「じゃあおれもその晩は腕によりをかけた料理にします」
『あ、でも再来週まで会えないって意味じゃないですよ』
「分かるよ」
 暖は笑い、名残惜しみながら通話を切る。こういう感覚はひょっとしたら学生時代以来だろうか。鴇田の言うように、特定の誰かと予定をすり合わせて一緒にいる時間を作ること。その人とはまだ、当たり前に傍にいられる距離感ではなくて。
 もちろんここに至るまでの経緯はある。全てがよかったわけではなかった。経験を積んだ分もっとうまくやれる部分もあるし、そうは行かないこともあるのも充分承知だ。
 鴇田と足並みを揃えて歩こうとしているんだ、と思った。



「うわ」と背後から声がした。鴇田とともにバーのカウンターで軽く飲んでいたさなかだったので、ふたり揃って後ろを振り返る。いつかの夜、暖が伝言を託した若者がなんともいえない顔で立っていた。あの晩ははっきりと見なかったからそうと思わなかったが、こうして改めて見ると、格好も、肌の感じも、若いなと思った。鴇田も暖からすれば充分に若いのだけど。もっと世慣れずいきがった雰囲気を感じる、とでも言うのか。青臭さ、とでも言うのか。
 名前を思い出す前に、鴇田が「日瀧」と若者を呼んだ。声が普段よりやや低いことで若者を歓迎していないことが分かる。面倒くさそうだ。
「あ、すみません。お邪魔するつもりはないです。おれはあっちのテーブル行きますんで」
「ああ、そんな気を遣わなくて大丈夫ですよ。というか、自己紹介と先日のお礼をしないといけませんから、よければこちらどうぞ」
 そう言って隣の席を勧めると、日瀧と呼ばれた若者は申し訳なさそうに「でも」と言う。ちらりと鴇田を窺ったが、彼はそれ以上なにもリアクションしなかった。ただジントニックを飲んでいる。
「ピアノ聴きに来たんですか?」と椅子を引いて訊ねる。戸惑いながらも日瀧は「そうです、ピアノ」とやはり鴇田を窺う。
「西川なんかに喋ったりしてないよね」と鴇田はカウンターの正面から目を離さないまま言った。
「言わないです。やつに知れたらおそろしいことですよ。誰にもここのことを喋ったりはしていません」
「ならいいよ。僕はそろそろ出番だから、よければ座ってなにか頼んで」
 日瀧にはそう言い、暖にはちらりと目配せだけして鴇田は席を立った。カウンター内にいた伊丹が空になったタンブラーを下げ、さっとテーブルを拭いて席を準備してくれる。当惑しつつ日瀧は鴇田が座っていた席に腰を据えた。
「ご挨拶が遅くなってしまいました。三倉、と申します。新聞記者をしています」
「あ、日瀧です」日瀧はやけに硬い調子を崩さない。
「改めまして、先日はありがとうございました。鴇田さんに渡していただいて」
「はい、えーと……おれが渡したことで、こうなってる、んすか」
 ピアノに再び向かい、音を鳴らしはじめた鴇田と暖を交互に見て言う。なにを言わんとするのか、はっきりと口にされずとも分かった。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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