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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 結婚式当日は雨が降った。会場となるレストランへは電車とバスを使った。前もって聞いてはいたが、結婚式よりはもっとカジュアルなパーティという仕様で、参列者の格好もそれぞれにくだけた人が多かった。
 暖がレストランに着いたときには、鴇田はすでにスタンバイの状態だった。いつもの黒づくめの服装で、だが明るい場所で見る鴇田はどこか尖っているように思えて、心臓がひやりとした。いつか鴇田を取材したときはいまの格好からは想像つかないような冴えない作業着姿だったから、昼間の鴇田のイメージはそれで固定されていた。いまは夜の鴇田が無理に昼に出現している感じがしている。夜の方が鴇田の存在を近くに感じた。過去これまでに昼も夜も時間を共にしたことはたくさんあったのに、不思議だった。
 暖に気づくと鴇田はぺこりと頭を下げた。
「もしかして鴇田さん、緊張してる?」
「そう思いますか?」
「夜、あの店で見るあなたの方がよっぽどくつろいでいるというか、堂々と見える気がするから、」
 そう言うと鴇田はうっすらと苦笑した。
「いつもと勝手が違いますからね。ピアノも違うし」
 ポーン、と鴇田は一音を弾く。いつも店で弾いているのは黒く艶やかなグランドピアノだったが、この店にあるピアノは明るい茶色のアップライトだった。
「弾き馴れたピアノの方がいい?」
「というか僕は、ほぼあのピアノしか知らないんですよ。あの店でしか弾いてこなかったので。ここはあそことまた響き方も違う。役割としては変わらないと思ってるんですけど」
「そんなに違うものなんだ」
「違いますね。音もタッチもこんなに。プロのピアニストってどんな楽器も弾きこなせるんでしょうから、やっぱりすごいなと思います。僕には出来ない」
「ですが今日の演奏には謝礼が出るんですから、あなたはプロだ」
「技術で金銭を受け取ればプロ?」
「違う?」
 答える代わりに、ポーン、と鴇田はまた一音を鳴らす。先ほどからずっと同じ音をまじないのように鳴らしていた。
 ダン! と仲間うちから呼ばれたので暖は鴇田の背を軽く叩いて場を離れた。幼いころからの馴染みでまるくなって談笑するも、鴇田の存在が気になった。いつも緊張などなんだという顔であっさりピアノを弾いている人だから、滅多に見ない姿が新鮮に感じるんだろうか。硬い印象を受けるので、もう少し笑ってほしいなと思った。鴇田も楽しいと思う席になればいいのに、と。
 それでも役割をきちんと全うした鴇田はさすがだと思った。
 出席者の邪魔にならないようなさりげなさ、いつの間にかいましたという顔で流れるピアノ。まさに花嫁が望んでいた演奏だったと言える。盛り上げどころはきちんと盛り上げて新婦とその両親を泣かせ、また背後にまわって最後まで鴇田は美しいメロディを響かせた。いや、鳴らしていた、という表現が正しいかもしれない。地味に目立たず、あくまでもバックグラウンドミュージック。
 二次会というものは予定されておらず、だが仲間たちが「久々に会ったんだからもうすこしどこかで飲もうか」と言いはじめて暖は参加を迷う。おそらく家に帰るだけの鴇田を早く捕まえて、本当は鴇田と飲みに行きたかった。もういっそこっちに引きずりこんでしまおうかと思う。仲間に断り、鴇田を誘いにピアノの傍へ向かうと、彼は新婦側の出席者である女性らに話しかけられていた。
 心臓が、今度はパシっと軋んだ。
 女性たちは若い頬を紅潮させて、鴇田と近い距離で話していた。プロの方なんですか、とか、いつごろからピアノを弾いているんですか、とか。こういうなれ合いに鴇田の性格なら不器用に答えそうなものを、鴇田の表情はやわらかく、丁寧に質問に答えていた。やがてひとりの女性が「わたしたちこれからもうすこし飲もうって話してるんですけど、一緒にいかがですか?」と申し出たとき、暖はひどい焦燥感に駆られた。
 同時に、窓ガラスに映りこんだ自分の姿を認めた。歳を取ったな、と唐突に思った。鴇田はまだ若く、すらりとした端正な顔立ちとあの見かけなら若い女性らが放っておかないことは分かる。鴇田と暖の年の差は約七歳。それがこんなにも大きいと感じるのは、はじめてのことだった。
 なぜ鴇田はこんなおじさんのことを好きだと言えたのだろうか。
 もっと見合うべき人は他にいる、と分かってしまった。そのことがどうして、自分はこんなにも堪えるのだろう?
 なんともいえない気分でその集団を眺めていると、暖に気づいた鴇田が目で合図をした。女性たちに断って暖の傍へやって来る。
「逆ナンなんてやりますね、鴇田さん」
 言えたのはそんなつまらない台詞だった。
「え、ナンパですか、いまの」
「飲みに誘われてたじゃないですか。立派なナンパです」
「どう断ろうかと困っていたので、三倉さんがいてくれてよかったです。僕になにか用がありましたか?」
「ああ、うん、……と、」
 言葉がうまく出てこない。かろうじて「おれたちも飲みに行く話をしているから、混ざらないかなと思って」と言うと、鴇田は安堵したような、やはり困るような、複雑な表情を浮かべた。
「お誘いはありがたいです」と鴇田は答える。
「けれど、僕は人見知りであまり言葉が上手に出てくる方ではないですし」
 仲間の方だけでどうぞ、と鴇田は言った。「僕は帰ります」
「それって、おれとふたりだったらこれから飲みに行ってもオッケーってことですか?」
 つい口をついて出たのは、やはり自分の心地よさだけを優先したつまらない言葉だった。
「……だめです」と鴇田は答える。
「だめ……だね。うん、いまのがだめなのは自分で言いながら分かる。ごめん」
「せっかくお仲間で集まったんですから、気心の知れた皆さんでどうぞ」
「それがだめな理由じゃないでしょう。本心を言ってください。言い訳はしない方がいい。人にも、自分にも」
「……あなたとふたりは、だめです」
 と鴇田は目線を下に向ける。暖は「おれはいいよ」と言っていた。なぜこんなにも必死なんだろうかと思いながら、鴇田と離れがたいことが事実だった。
 また逃げられるのは嫌だ。
「なんか、……だめな台詞ばっかり出てくるな。悪い大人の見本でごめん」
「どういう意味でいいよ、って言ってますか?」と鴇田が訊ねる。
「どういう意味?」
「僕は何度も三倉さんの傍にはいたくないと伝えたはずです。気持ちが落ち着かない上に失恋なんですから。ですがあなたは近くに寄ってきます。僕の気持ちは、伝わっていませんか?」
「鴇田さんがおれのことを好きだということ?」
「そうです。……残念なことにこれが、……恋だということです」
 暖は黙った。なにを言っていいのか分からず、考える。
 鴇田は「好きですよ」と言った。
「まだあなたが好きです。僕にとってこれはそう簡単に忘れてしまえる恋ではないみたいです」
「……」
「時間薬なんでしょう。距離も時間も離す。だからもう、これ以上は、」
 喋っているうちに鴇田はうなだれ、言葉も窄む。鴇田を困らせたいわけではないし、精神的に追い詰めたいわけでもなかった。ただ暖に実感がないのだ。
「どうして好かれているのかが分からなくて」と暖は言った。先ほど窓ガラスに写った中年の自分の顔が浮かぶ。まるきり悪いと言える訳ではなく、むしろ歳を重ねることで得ることはあると思っているからそうがっかりすることではない。けれどやはり、若さが眩しい瞬間はある。
 鴇田は顔を上げる。
「なんでおれは好かれたかな、っていう実感。さっきから漏れている通り、おれは全くいい人間じゃない。自分を卑下していう訳じゃないけど、そこら辺にありふれてるくたびれたおっさんらと一緒。若い子にちょっかい出したいだけかもしれないじゃん。だから、そんなおれが若い鴇田さんのなんの琴線に触れたのかな、と思ってる」
 鴇田の黒い目が暖をしっかりと捉えて離さない。
「男だ女だ、ってのはあんまり気にする性格じゃないから、そこはあんまり不思議には思わない。どうしておれかな、同年代で比べるなら、田代となにが違うの、ってのは、思う」
 喋れば喋るほど不思議に思う。鴇田は暖のどこが好きだと言うのか。
 しばらくなにも、ひと声も鴇田は発しなかったので、暖はちいさく息をついた。こんな場所でいつまでも話すことでもないと思い、謝って鴇田を解放する気になった。
 言葉を発するタイミングで、鴇田はちいさく息を吐いた。
「ん?」
「離れているからだと思います。きっと」と言う。
「離れてる?」
「はい。僕とあなたの、性質が遠いから」
 暖はその答えについて、目線を上にあげて考える。
「例えば?」
「んーと、……人見知りしなかったり」
「ああ、……うん、それから?」
「人との距離感が近かったり、」
「誰にでも近いわけじゃないよ」
「よく笑ったり、思い切りがよかったり、好奇心が強くて隠さなかったり……」
 言われて思い浮かぶ節は特になかったが、鴇田が言うならそうなんだろう。
「僕と正反対の性質だと思います。似るところがひとつもない。はじめは憂鬱でたまりませんでした。あなたみたいなひっぱり方は、僕にはないから」
「ひっぱり方?」
「人を惹きつける求心力。強引なのに、心地いいと思ってしまった」
「心地いい、か」
 暖は頷きながら微かに笑った。
「そっか。遠いんだな」
「はい」
 納得出来た訳ではなかったが、なんとなく言葉を噛み締めた。遠いから。



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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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