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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「僕は友達、ってみんなに宣言されてるみたいで嬉しくなりました。でもこの人にとって友達以上にはならないんだと分かって、僕はそれ以上になってみたかったんだと分かって、辛かった」
「……」
「いまだって用件なんて聞かずにさっさと帰りたいって思う僕がいる。けど、また三倉さんに会えて嬉しいと思う僕もいます。もう、まだ、ぐっちゃぐちゃで……訳分かんないですよ。こういう気持ちは、本当に嫌だ」
 ただでさえ経験なんてないんですから、と鴇田はうなだれた。その姿を見て、暖は単純に綺麗な輪郭線をしているな、と呆けただけだった。頭から首、背中へと切れる線が綺麗だと。若い人の線だと思った。もっと鴇田の心の傍に立ってやらねばと思うのに、鴇田に会えた喜び以上のものが湧いてこない。
「あの後何度も店に行ったし、電話もしたんです」
 と言うと、鴇田は「知ってます」と答える。
「電話会社から不在着信の通知は入ってましたから」
「知ってて無視か。ひどいな」
「もう会わないって言ったはずです。それはそういうことです」
「結局、おれがいま知ってるあなたのアドレスはまだ通じるわけ? ひょっとして携帯変えたのかなって思って」
「日本にいなかったんです」
「え?」
「溜まってた有休めちゃくちゃ消化して、旅行してました。オーストラリア」
 それはあまりにも意外すぎて言葉が出なかった。うなだれたまま鴇田は「失恋旅行です」と言う。
「紗羽とケントがしばらくオーストラリアに行くって言うから追いかけてって、あちこち観光したり、しなかったりしました。スマホも特に海外仕様にしなかった。のんびり好きに過ごして、あなたとは完全に縁を切るつもりでいて、……だったのに、」
「……」
「その気がないんだから近くに寄らないでほしいと思っても、あなたが近いと嬉しい。こんなに僕は優柔不断なはずじゃなかった」
 しばらくうなだれたままの鴇田だったが、やがて顔をあげて「用件とは?」と訊き返してきた。
「あ、ああ……。その、鴇田さんピアノを弾いてくんないかな、って」
「ピアノならさっき弾きましたよ」
「そうだけど、そうじゃなくて、別件」
 鴇田にことの詳細を話すと、鴇田は「分かりました」とため息混じりに答えた。
「ですが、お受けできません」
「どうして?」
「三倉さんからの依頼だからです」
「それは……おれ以外からだったら受けたってこと? 例えば、田代からとか」
「田代さんは僕がピアノを弾いていることを知らないはずですので例えようがないですけど、……でもそうですね。田代さんからなら受けたかもしれません」
「どうして?」
「あなたに関わることがつらい……」
 と鴇田は表情を曇らせる。そんな顔をさせたいわけではなかった。やはり自分はいまいち鴇田の心を分かっていないのだろう。
「分かった」と言って暖は膝をパンとはたいた。
「あなたにお願いするのはやめます。幼なじみには『当たってみたけどやっぱりだめだった』言っておけばいいし」
 そう言うと鴇田はほっとしたような淋しいような、複雑な表情を浮かべた。
「でも、水琴窟の店には行きましょう」
「……だから、」
「こういうのね、適当で曖昧な約束のままにするパターンが多いけど、おれはそういうの嫌なんです。期待しておいて嘘になる、っていうのが。だから言ったことは出来るだけ実行したい。約束を全部ばか丁寧に守れるわけないけど、でも、守れそうな約束は果たしたい」
 だから今度は電話に出てくださいねと念を押す。鴇田は頷くでもなくしばらく黙っていたが、暖が立ちあがって「帰りますか」と言うと、唐突に「弾きます」と言った。
「――弾く?」
「幼なじみさんの結婚パーティでのピアノ演奏、請けます」
「さっき断るって、」
「僕がその披露宴でピアノを弾いたら、あなたは嬉しいですか?」
「嬉しいよ、そりゃ。幼なじみのためにもなるし、なによりおれは鴇田さんのピアノ好きだし、」
「じゃあ弾きます」
「おれが喜ぶから?」
「そうです。あなたが喜ぶから」
 迷いもなく怖じけることもなく、鴇田は真っ直ぐに暖の顔を見つめてくる。その黒目の深さには夜とはいえ、鴇田遠海という男の計り知れない底のなさを感じさせた。
 ぞ、と背筋が粟立つ。それは嫌な感覚ではなく、むしろわくわくしてしまうような危うい心地だった。危険だと身体のどこかで警告される。けれど興味が顔をもたげる。
「詳細な打ち合わせが必要だと思います。今夜は遅いのでいいですけど、早めにその幼なじみさんと時間を取ってもらえたら」
「あ、ああ。分かった。……伝えて、そうだな。近いうちにそいつ連れて店に行きます」
 と言ってから、暖はこのことに関してすでに後悔が生じていた。
(鴇田さんはおれが喜ぶから請ける、と言ってくれた)
 だったらいいじゃないかと思うのに、どうしてこんな気分になるんだ、と自問する。
(……鴇田さんをマコに紹介するんだと分かったら、嫌になったんだ)
 つまりは鴇田を自分だけに繋ぎとめておきたかったのだと分かって、暖は心の中で自分を罵る。
(……鴇田さんの一番でいたいって思ってるのか。妻のいる身分ってのを、おれは分かってないのかな……)
 それでも駅までの道のり、鴇田と方向が分かれるまでは共に歩いた。傍にいられて安心した。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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