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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 気象予報士が注意喚起していたその台風は、逸れた。西の地方はだいぶ被害を受けたようだが、この辺りは多少風を撒いただけで雨はさほどの被害ではなかったし、少なくとも暖の暮らす街は平和に過ぎた。
 それでも嵐の夜は外出を控えた。蒼生子との夜が待っているかと思うと憂鬱だったが、なぜこんなにも蒼生子に対してこじれた感情を抱くのかが暖にはいまひとつ不明で、真剣に考えて結論を出した。きっと、と暖は思う。きっとあの夜、告白された夜、もう会わないと言った(そして実行した)鴇田の「会わない理由」に「暖には妻がいるから」という意味が含まれていたせいだからだろう、と考える。蒼生子からすればとばっちりもいいところだ。暖と蒼生子が結婚したのはふたりの意思で、選択だったのだが、いまになってそれに疑問を持つ。
 結婚したら人から想われてはいけないのだろうか。想う人は、それを理由に恋を諦めねばならないのだろうか。
 そりゃそうだよな、婚姻という関係はそれだけ特別なことだ、と思う一方で、そうならざるを得なかった鴇田のことはあまりにも淋しいと暖は思っている。叶うなら彼の望みを叶えてやりたかった。触れられないことを苦にして生きる、それがどんなに辛いか、暖なりに真剣に考えたのだ。
 だったらこれはただの同情でそう思うのだろうか。
 鴇田からは好かれていたいと思っている。好かれていることが嬉しいことだと気づいたのは、久しぶりの感覚だった。久々だからわくわくしているとでも言うのだろうか。単なる興味で好かれていたいのか? 頭が煮えてごちゃごちゃする。
 嵐が過ぎて改めて店に向かうと、鴇田遠海の姿はあっさりと見つけることが出来た。
 祈り縋るように背を丸め、ピアノに頬ずりでもしそうなあの独特の姿勢で、ピアノをぽろぽろと弾いていた。演奏者は鴇田だけだった。こんなにも簡単に再会出来てしまったことに少々狼狽えるも、暖は嬉しかった。
 生憎いつものカウンター席が塞がっていて、奥の小さな席を取るしかなかった。遠くからピアノのあるステージヘ、一心に耳を傾け、眼を凝らす。その場で連続して五曲ほど演奏した鴇田は、いったんステージから降りた。降りて裏へ下がった。そのタイミングで話しかけようとしてテーブルの位置の遠さで逃す。引っ込んだ鴇田がまた出てくるのか、もしくは今夜はもうこれで演奏は終わりで帰ってしまうのか。分からず、たまらなくて、暖は急いで会計を済ませると店を出て地上に出た。そこで鴇田を待つ。
 鴇田はなかなか出てこなかった。まだ出番があるのかもしれない。冬だったらこんな行為は耐えられなかったが、いまはちょうどよい季節だ。どこで鳴くのかこんな街中でも秋虫の声が耳に心地よい。
 一時間ほどして鴇田は出て来た。暖に気づくと彼はあからさまに体をこわばらせ、足早にその場を過ぎ去ろうとした。
「鴇田さん」
 声には振り向きもしない。暖は追いかける。
「待って、待てって――鴇田さん、おれの話を聞いて」
 鴇田の足は速かった。追いつくのに精いっぱいだったが、横断歩道で運よく赤信号になり、行き先にためらう後姿に大声で「鴇田さん!」と声を掛けた。多少の卑怯は承知だ。周囲にまだ人が残る時間帯、通りすがる人が声に振り向く。これに人のいい鴇田が困らないはずはないと踏んだ。予想通り鴇田はしかめっ面で自ら暖の方へと二・三歩近寄り、「夜は静かに」と暖を咎めた。
「……鴇田さんが逃げないでおれの話を聞いてくれれば静かにするよ」
「……用件は?」
 一応は話を聞いてくれるのだと分かってホッとした。「色々と長くなる」と言うとしかめっ面をさらに深くして、鴇田は「店とか絶対に入らないですよ」と言った。
「ここで話せない話なら僕は帰ります」
「……じゃあ、そこは?」
 と指差した先にあるのは公園で、鴇田も頷いたので連れ立って歩いた。手前のコンビニで飲料を買い、適当なベンチを探して並んで腰掛ける。飲料と一緒に買い込んだ二個セットのアイスクリームの片方を分けると、鴇田は一瞬迷う素振りを見せたが、「こういうの懐かしいです」と言って受け取った。
「こういうの?」
「こういう、学生がよくやるやつ。半分ずつに分けっこ」
「ああ。確かにある程度大人になるとしなくなるね。する相手も限定されるしね」
 鴇田がどんな学生時代を送ったのかが気になったが、それを話題にすると話が逸れるのでやめた。
「……前に記事で、コラムの欄に三倉さんが『友達が出来た』って書いてたじゃないですか」
「ん、ああ」もう二カ月も前の記事だ。
「あれって僕のことですよね」
「うん」
「あの記事、……すごく嬉しくて、すごく辛かった」
 鴇田に渡したアイスクリームが溶けかかっていた。それを指摘すると鴇田は急いでアイスクリームを口にする。最後は指についたクリームを舐めた。その動作、舌の動きにはなんとなく目を取られた。




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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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