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 以前聴かせた伊丹との連弾。幼い遠海がだだをこねながらつたなく「亜麻色の髪の乙女」を弾くその音源を、三倉は不思議と気に入って何度も聴いていた。遠海の音楽プレイヤーを勝手にあてて、本を読みながらゆったりと聴いたりしている。はじめは申し訳ながって音源を自分のスマホに移そうと格闘していた三倉だったが、パソコンにもなくCDとしても残っていないので、遠海のプレイヤーをかざしては「聴いてていい?」と許可を得ていたが、遠海が許可を得なくてもいいとある日告げたら、そっか、とそれ以来三倉と共有になった。なにがいいのか分からないが、曲を聴いているときの三倉は静かで穏やかな顔をしているので、いいのか、と思いながら遠海はついに別の音楽プレイヤーを買った。遠海のそれは、もうほとんど三倉のもののような顔をしてしまっているので。
 それで、たまたま帰宅時間の重なった週末にゆっくりとふたりで映画を観ていて、不意に三倉は「伊丹さんとの連弾聴けないかなあ」と言ったのだった。
「伊丹さん、と、誰の?」
「え、あなたの」
「亜麻色以外の音源、という意味ですか?」
「いや、いまの鴇田さんと伊丹さんの弾くもの、という意味」
 テレビの中の映画は、昭和の少年たちがおおはしゃぎして夢中になった巨大怪獣が都市を暴れまわる内容を現代にリメイクしたもので、だからムードというものはなく、ただただ怪獣の吠える声とビルが破壊される音が響く。ず、ず、ず、とテンポよく流れる独特の音楽。なぜいまその話が出るんだろう、と遠海は不思議でならなかった。
「いま伊丹さんは聴くに特化しているというお話だったけど、仲間内だと演奏の機会はひらいているよね。だからそういう身内枠でいいから、聴かせてもらえたら贅沢だと思って、――ごめん、映画が面白くなかったからとかじゃないよ。ただ三回も観てる映画だったから、余計なことをつい」
 それに、と両耳のたぶを軽く引っ張られた。
「鴇田さんはこういう音の派手な映画は苦手なんだな、と分かってしまった。辛いでしょ、これだけ観てるの」
「……ばればれですね。すみません」
「鴇田さんのこわばりはすぐ分かるようになったんです」
 そう言って三倉はすんなりとテレビを消した。「休もうか」と今度は照明を少し明るくして、キッチンでスパイスの効いた熱いミルクを作ってから戻って来た。
「やっぱり難しいかな?」と三倉はカップを寄越しつつ隣に座って訊いた。
「いえ、……時間もらってもいいなら、伝えてはおきます」
「そっか。それは嬉しい」
「叶えられるかどうかは、分からないですよ」
「それでも、三倉が聴きたがってた、と伝えてもらえるだけで充分。ほろっと聴けるタイミングがあるかもしんないじゃん」
 それからテーブルの上に置かれた音楽プレイヤーを指して、「一緒に聴かない?」と三倉は誘う。
「よっぽど好きなんですね」
「うん」
「スピーカーつなぐ?」
「いや、いつもの、で聴こうよ」
 あっさりと三倉は笑った。こんな笑い方をする人だっけかな、という驚きがいつもある。いつもの、というのは、ふたりでイヤフォンの左右を分けて聴く聞き方だ。ステレオをふたりで聴くと性質上無理が出る。それでもそれを笑いあって聴く。
 ただその夜は、非常にスロウな夜だったので、ひとつのイヤフォンをふたりで分けあって聴き続けるのは、難しくなった。三倉とキスをしながら、左耳で外れかけているイヤフォンから流れる幼少期の遠海の音を聴くのは、妙な背徳感があった。
 ――すごいな。
 つたない亜麻色の髪の乙女。転ぶピアノ。泣く自分。それを聴きながら、三倉のシャツの裾に手を入れている大人の遠海。
 ――こんなことしながら聴かれてるなんて、あのころに想像しろなんて、無理だ。
 ふ、と三倉がなまめかしく息を吐いた。しなる腰から纏うものを剥ぐ。その息遣いや、衣擦れで、昔の自分のことは忘れた。


→ 中編


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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