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 眠いと子どもたちがぐずりはじめたことで会はいったんの終幕を迎えた。樋口夫妻が子どもらを風呂に入れて寝る支度をしているあいだに、残った大人のメンバーで片付けと掃除をする。パーティ用に食器類は紙コップや紙皿も併用していたので洗い物もさほどではなく、大した労ではなかった。残った食事はタッパーに詰めてしまう。
 北原夫妻は夫の運転する自家用車で来ており、そこに山本親子と伊丹が駅まで同乗で帰ると言った。定員オーバーで暖と鴇田だけ残る。大皿やスープマグや調理器具を拭いて仕舞っていると「片付けさせちゃってごめんね」と紗羽がやって来た。
「子どもらは?」
「新南は寝た。けど論がぐずってて、ケントが面倒見てる。じきに寝るだろうけどね」
 キッチンのスツールに腰かけた紗羽は「まだいいでしょ?」と白ワインの残りを取り出した。
「論が休めばケントが送ってくから、それまで二次会。一度開けたお酒は飲んじゃわないとねー」
「ああ、じゃあスープの残り出しましょうか。チーズとオリーブも残ってるので」
「やだみくらさん気が利く。遠海、これだと困んないね」
 と紗羽に褒められても鴇田は特に反応しなかったが、照れて困っているのだと分かる。暖は微笑んでグラスを出した。簡単にレンジでスープを温め、温まるようにとしょうがのすりおろしをすこし入れる。暖はもう飲むのはやめて、ソーダ水にしておく。
「鴇田さんも飲む?」
「飲もうよ、遠海」
「ならちょっとだけ」
 カトラリーを片付けていた鴇田もそれらを戸棚に仕舞うと紗羽の隣へやって来た。対面式のキッチンで、向かい側からワインをすこし注いでやる。甘めのドイツワインは微発泡で、明日まで残していれば気が抜けてしまうだろう。紗羽と鴇田は改めて乾杯をしてスープを口にする。
「あら、これは一気に大人味だね。美味しい」
「しょうがは万能で冷え知らず。女性にはますますおすすめです」
「この人の淹れるチャイ、すごいんだよ。本格的で」
 珍しく鴇田が自分から喋った。
「ドリンクスタンドとかやったらいいと思う。ホットジンジャーチョコレートとか」
「なにそれ絶対美味しいやつ。みくらさんって伊丹さんと同じ人種っていうか、サーブの上手い人だよね。定年後は喫茶店とかどう? もれなくBGMもいるんだし」
「お店をひらくよりは個人でゆっくりしていたいかな」つい笑う。
「ふたりでお店ひらいたら楽しそうだけど。あ、暮らしはじめたんだっけ?」
「ん?」
「同居? 同棲? おんなじところにふたりで。ようやくだよね?」
 そう訊かれて暖は苦笑したが、鴇田の方は真面目な顔で「まだなんだ」と答えた。
「家探し中」
「物件が見つからない?」
「いくつか候補は。でもこれっていう決め手がなくてそのまんま。僕はここで充分だよって物件があるけど、三倉さんが譲らないんだ」
「あら? こだわり派? キッチンはアイランド型がいいとか、人工大理石がいいとか?」
「いやー、まあ」
 決まりが悪くて頭を掻く。
「……ある程度音を出しても大丈夫な物件を、と思ってまして。鴇田さんは店のピアノにしか興味ない人だけど、そうは言っても家じゃいつまでも古い電子ピアノにイヤフォン差し込んで、っていうのがなんか可哀想でね」
「僕はこだわってないからいいのにね」
「あらー」と紗羽はチーズを齧った。「犬も食わないやつだ」
「それよりも本やパソコンを置けるような、書斎に使えるスペースのある物件を選べばいいのにって思う」
「ますます食わない話だね」
「そういうわけで平行線なんです」
 紗羽のグラスにワインを注ぐ。残ったワインはそれで終わってしまった。
「でも前進はしてると思うんです。はじめは同居も渋られたから」
「別々の方がいいんじゃないかってずっと思ってて」
「へえ、どうして?」
「もし三倉さんがまた子どもを持ちたいと思う選択をするときに、邪魔になってしまうと思ったから」
 鴇田のその台詞に、紗羽は言葉を失っている。暖は「ひどい話でしょう」とソーダ水を口にする。
「まだ言うのか、あなたが言うのかって散々喧嘩しました」
「……結局、僕にはなんにも覚悟はなかったんだよね。腹を括れてなかったっていうか。いつ三倉さんが僕に愛想を尽かしても、あるいは家族が欲しくなって新しい人を求めることになっても、仕方ないやって思ってたし。せめてそういうときに重たくないようにって思ったし。いつでもすぐばらけられるようにって」
「気持ちは分かるけど、遠海、それはひどい。……みくらさんにとても失礼だよ」
「ひとりで暮らしていくことや、怖がりな性分が染みついちゃってんだ。そうじゃなきゃもっと人と簡単に適正な距離を取れる人間だったよ。でも、」
「でも?」
 紗羽が鴇田に訊ね返したところで、二階からぎゃーっと凄まじい声がした。紗羽が慌てて立ち上がる。やがて階段から論を抱いたケントが降りて来た。寝付けに失敗して論はケントにしがみついて泣いていたが、暖を見ると「まだいたのかよっ」と強がった。
「眠れないの? 論」と紗羽が近寄る。
「興奮しすぎて冴えちゃったのかな。今日はみんな集まって楽しかったからね」
「こんなんでも意外とセンシティブなんだよねえ」
 こっち来る? と紗羽が論を抱こうとしたが、論は「トーミ」と呼んだ。
「トーミとピアノ弾く……」
「もう遅いからピアノはだめです。やめておきましょう」
「じゃあトーミと一緒に寝るっ」
「トーミは帰るのよ」
「寝ようよぉ」
 寝よう、寝ようと論は駄々をこねた。ケントの腕から逃れて鴇田の方へと懸命に手を伸ばす。紗羽が「わがまま言わないの」とあいだに入ったが、鴇田はグラスを暖にそっと渡すと、「論が寝るまでは傍にいようか」と言った。
 論がパッと顔を明るくする。
「一緒に寝てくれる?」
「一緒には寝ないけど、論が寝るまでは帰らないから」
「あのね、あのねっ! それじゃあDVD観よっ! ライオンキングのミュージカル公演でねっ!」
「お父さんとお母さんがいいって言ったらいいよ」
 ケントと紗羽を見て、論は「いいでしょ?」と上目で懇願する。両親は諦めたのか考えがあるのか、「仕方ないね」と答えた。論は途端に顔を輝かせる。
「ダドも一緒に観ていい?」とケントは息子の顔を覗き込んだ。論はいまにも鴇田に抱きつかんばかりだったが、さすがにそれはケントが押さえ込んでいる。
「やだよ。トーミと観るの!」
「じゃあDVDのセッティングを僕がします」
「ダドはあっち行けよ」
「論、今夜だけ特別なんだからね。ダドの言うこと聞いて。トーミにべたべた触って困らせないのよ」
「うん!」
「行こうか。寝室にテレビないよね。ホールのテレビでいい?」
 論があまりにも手を伸ばすので、鴇田はそのちいさな手を取った。三人でキッチンを下がっていく。その論が去り際に暖を見て思い切りあかんべえをしてみせた。さすがに気づいた紗羽が「論っ!」と怒鳴ったが、紗羽が怒ってくれたので暖はかえって怒らずに済んだ。もう笑うしかない。
「紗羽さん、キッチン借りていいですか?」
「ああ、いいですよ。お腹すいた?」
「いえ。こんな夜なので温まるものをね」
 冷蔵庫に牛乳を見つけて、暖は微笑んだ。



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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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