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 チキンが焼け、フライが揚がるころには北原夫妻も登場した。散歩に出ていたケントと論も戻ってくる。料理とドリンクをホールに運び込み皆で乾杯した。乾杯の前に新南と北原アンジェのツインボーカルでクリスマスソングが披露され、場は音楽で満ちる。
 食べながらうたい、飲みながら弾いて、うたいながら踊るような自由で明るい会だった。暖はカメラを構えてメンバーを撮る。定点に設けたビデオカメラは伊丹がちょこちょこ面倒を見ているようだった。アンジェの夫が料理やドリンクのサーブをしてくれたので、誰にも過不足がない。べそをかいていた論も夢中になって料理とおしゃべりと音楽を楽しんでいる。
「では、今日だけのスペシャルセッションの時間でーす」
 と紗羽が宣言し、それぞれが楽器の元へ座り直す。クリスマスソングを中心に音が鳴らされた。新南と論のために大人たちが演奏したかと思えば、ふたりでの演奏にもなり、樋口家や山本家の親子での演奏もされて、鴇田とアンジェ、鴇田とケント、とどんどん入れ替わる。いつまでも飽きない楽しい会を暖はひたすらにカメラに収めた。音を文字に書き記すことは難しいが、これが報道だったらどんな風に書くかなと思いながらシャッターを切る。職業病だと苦笑しつつも楽しかった。
 論が鴇田と連弾をしたがり、ケントに止められていたが「大丈夫」と鴇田が言って同じ椅子で演奏した。論が右側の高音を、鴇田が左側の低音を担当する。それでも演奏に入ってしまえばさすがの集中力で、音楽に音楽で呼応するふたりの姿に心中には複雑なものがあった。こんな音を鳴らすのだから論はもう立派なミュージシャンで将来が恐ろしい。暖は鴇田とこのような交流の仕方はできない。伊丹は「誰にでもある感覚」と言ったが、それでも分野が違えば共有はできない。
 そのうちその音楽をバックミュージックに北原夫妻が踊りはじめた。暖も呼ばれ、カメラを置いて新南のダンスの相手を務める。ケントは山本の娘と一緒にパーカッションを鳴らしはじめた。新南は踊り慣れていて、暖の腕の中でくるくるとワンピースの裾をふくらませていくらでも踊った。
 誰も彼もがなにかの役まわりで、音が途切れない。ふと顔を上げると論は鴇田の足のあいだにちょこんと収まって鴇田の指の動きを熱心に見ていた。みんな笑っているから暖も笑うが、またちくちくと嫌な気分が湧いてくる。つまんない男だなあと新南から離れてソファに沈み込んだ。論を足のあいだに挟んでさすがにいつもの演奏スタイルでは演奏できないようだが、ふたりの密接は子ども相手とはいえ面白くなかった。
 ペットボトルからグラスにソーダを注いで口にする。いつの間にか伊丹がギターを爪弾いていた。この人こんなこともできるのかと半ば呆れる思いだ。踊る夫妻、うたう子ども。鳴り止まない音楽。グラスを片手にぼんやりしていると近い場所で「三倉さん」と呼ばれた。
「大丈夫? 具合悪い?」
 鴇田がいつの間にかピアノから離れ、傍にいた。ピアノには論がひとりで座り、音をめちゃくちゃに鳴らしていた。
 覗き込まれる瞳が黒くて深い。この人の変わらない深淵を覗いているみたいでぞくぞくして、上膊に縋り付きたくなった。
「――あ、いや」
 なんとか堪えてソーダを口にする。
「飲んで踊ったから、酔いがまわったみたいで」
「ここの人たちに付き合ってるといつまでも終わらないから、気をつけて」
「うん」
「あんまり酔いが治まらないようなら紗羽に頼んで先に帰ろう」
「大丈夫。片付けまでセットでやってくよ。あなたは?」
「僕?」
「さっきは具合が悪かったから」
「ああ」鴇田は論をちらりと見た。「慣れないけどまあ、論はいつもああだし」
「紗羽やケントもすごく気を遣ってくれてる」
「あなたがいいならいいけど、無理はしないで」
「トーミ!」
 つんざくような声が割って入った。ピアノをいつまでもひとりで弾き続けることに痺れを切らした論が駆け寄ってくる。鴇田の腕を無遠慮に掴み、「ピアノ弾いてよ」とねだる。
 鴇田の身体のこわばりが感じられたが、暖が出るまでもなく鴇田は立ち上がった。
「いいよ。弾こう」
「あ、あのね、あれ弾いて。あれ聴きたい。タランチュラ」
「あれはクリスマスって感じじゃないからまた今度ね。――三倉さん、」
 鴇田が振り返る。唐突に呼ばれて顔をあげた。
「あんたのリクエストにお応えします。クリスマスソングで好きな曲、ありますか?」
 鴇田の手を取った論は鴇田をピアノの方へ引っ張る。「なんであいつのリクエストなんかきくんだよっ」と喚く。
「あ、……ポール・マッカートニーの『Wonderful Christmas Time』」
「ああ、いい歌だよね。ケント、歌える?」
 論と鴇田を気にして様子を見に近寄って来たケントに、鴇田が訊いた。ケントは嬉しそうな顔をする。
「歌えますよ。新南も歌いましょうか」
「わたし、その曲知らない」
「フレーズは簡単だからすぐに歌えますよ」
「トーミっ」
 鴇田の手を引っ張る論をケントは笑顔で横抱えにした。そのまま肩車に乗せてしまう。鴇田はピアノに座り、いくつか音を弾いて確かめたあとにリズムを刻みはじめた。息子を肩車したまま娘とは手を繋ぎ、ケントがはじめのフレーズをうたいはじめる。サビを聴いた新南は聞いたことのある曲だと分かって、一緒に音を辿りはじめた。
 鴇田のピアノが鍵盤の上で楽しげに跳ね回る。
「ごめんね、みくらさん」と近づいて来たのは紗羽だった。
「うちに来れば絶対に論が遠海にひっついて、その分遠海もみくらさんも嫌な思いをするんだろうなって分かるんだけど、やっぱりうちに呼んじゃうんだよね。私たちが遠海とセッションしたいっていうそれだけで」
「こんな幼いお子さんふたりも抱えて、店で前みたいにセッションなんてことは出来なくなってるんですから仕方がないよ」
「ふたりの時間を邪魔してたら申し訳ないなって思うには思うんだよ」
「とんでもない。おれたちだって必ずしもずっと一緒にいるのがいいとは限んないんだし。それはどこのカップル、どこの夫婦だってそうでしょう?」
「まあね」と紗羽はケントを見て苦笑した。
「エイリアン同士なんだから違う時間があって当たり前。そんなの分かってる。それでいいとも思うよ。でもやっぱりおれは楽器が弾けないし歌もうたえないから」
 演奏に夢中になっている楽団を見遣る。
「共通の言語を持つあなたがたの絆のことは、羨ましいとは思います。おれと鴇田さんのあいだにそれは絶対にないから」
「……」
「でも鴇田さんだって本は読まないし作文はめちゃくちゃ苦手。お互いに会社に行けばそれぞれの専門用語で話をする。そういうものだから」
 ソーダ水を口にすると、紗羽が「そうだよね」と言った。
「さっきすごくびっくりしたの。遠海が誰かの肩にもたれてるなんて想像すら不可能だった。私たちは遠海に触れないけど、みくらさんは触れる。遠海が許している。肌の接触だって充分共通言語だよね。触れて分かることもたくさんあるんだろうし、最大の愛情表現だし」
 うん、と紗羽は自分で納得して頷いている風だった。クリスマスソングが鳴り止んで、互いに互いを称える拍手が沸き起こった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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